210番道路を進むにつれて、寒さが増してゆく。キッサキから流れてくる川にかけられた丸木橋を渡り、ごつごつとした岩山の間を抜け、岩の間を流れ落ちる滝を右手に見ながらなおも進んだ。
次第に道は登り勾配になり、霧がだんだんと薄くなってゆく。カンナギタウンが近付いているのがわかって、私の胸がだんだん高鳴り始めた。どんな神話の真実が私を待っているのだろう。シンジ湖で出会ったあの人に通じるなにかを、見付けることができるだろうか。
ゆく手に広がるテンガン山に太陽がその姿を隠そうとする頃、ついにカンナギタウンが見えた。
カンナギタウンは、テンガン山の麓にスリバチ状にできた窪地の淵に沿うように建物が並んだ、不思議な街並みをしていた。
スリバチ状の傾斜部分には民家はない。ただその一番低くなっている部分に、なにか祠の様な建築物があるだけだ。一見して、古い信仰を守っていることがわかる、そんな厳粛な風景だった。
私はややゆっくりとした動作で210番道路を振り返る。テンガン山に沈む夕日に照らされて、谷底にわだかまる霧が淡いオレンジ色に染まっていた。
その幻想的な景色を見ながら、私は思った。カンナギは、街の東をこの霧に、西をテンガン山に守られて、今日までこの信仰を保ってきたのだろう。まさにシンオウの秘境として。
立ち止まったままの私を不思議に思ったのが、ゴーストがおずおずと声をかけてくる。街はすぐそこだよ、と言うように、カンナギの方をその指先で示して短く鳴いてみせた。
「……そうだね。行こうか」
街に入ってすぐの高台にあったポケモンセンターでベッドを借りて一夜を明かし、翌朝。私は手早く身支度を整えて、日課のランニングのため街に出た。
カンナギの朝は、今まで訪れたどの街よりも静かで、厳かだった。
街の東から、ゆるゆると霧が流れ込んで、街の中央――昨日の夕方に見た祠の方へゆっくりと流れ込んでゆく。空にはキッサキで雪をすっかり吐き出して薄くなった雪雲がかかり、ところどころで淡い水色の空が覗いていた。時折、雲の切れ間から光のカーテンのような朝日が差して、それが朝靄にくゆるカンナギをそっと照らす。
まるで、他の街とは時間の流れ方が違うみたい。そんなことを思いながら、街を一巡りしてポケモンセンターに戻った。
朝食を済ませてゴーストと一緒にもう一度街へ出る頃には、街の真ん中でわだかまっていた朝靄はすっかり消え、どこか重たげだった空も青い色を取り戻していた。
高原の空気は冷たいが、太陽の光が当たると体がじわりとあたたまる。私はその陽気に誘われるように街を歩き、ふと、至る所に幹の白い木が生えていることに気付いた。木の幹といえば茶色、と思っていた私とゴーストがそれをまじまじ見ていると、通りかかったおじいさんがこの木について教えてくれた。
聞けば、これはカンナギとハクタイの一部のみに見られるシンオウ固有の樹木なのだという。幹は堅く木目も美しいため家具材などに広く使われ、独特の白い樹皮は火起こしの際の着火剤になるそうだ。
「ほら、ごらん。この辺りの家の窓枠、あれもこの木でできてるんだよ」
おじいさんに言われるまま、辺りを見回す。そうしてはじめて気付いたのだが、丸い窪地の淵に沿ってぐるっと建っているカンナギの民家の窓は、珍しい丸い形の窓ばかりだった。堅固な木材と技術をもった職人がいるからこそ作れる、この地域に独特の建築技法であるらしい。
「へえ! これは、街の人にとって欠かせない木なんですね。
でも、そんなにすごい木がハクタイシティにもあったなんて……」
ポケモン像やギンガ団のアジトに夢中で、全然気が付かなかった。もったいないことをしてしまったなあ、と後悔を口にすると、おじいさんはあっけらかんと笑って「なに、お前さんは若いんだ。またハクタイに行って、その時に見ればいい」と言ってくれた。
「……そうですね。またハクタイシティに行く時を楽しみにしようと思います」
「ぜひそうしなさい。カンナギとハクタイはね、ずっと昔、神話の時代から、山を越えてお互いに交易をしていたんだ。この街をよく見て、そしてもう一度ハクタイに行くと、なにか新しい発見があるかもしれないよ」
そう言って眼元に深い皺を刻んで笑うおじいさん。私はその言葉に大きく頷いて答えることにした。
おじいさんと別れた私は、別れ際に彼に教えてもらったシロナさんのおばあさん――すなわちこの街の長老さんのうちへ向かっていた。話に聞いたカンナギの壁画も気になるけれど、まずはシロナさんから託されたお守りを届けようと思ったのだ。
聞いた通りに街を北上し、目的の場所に現れたのは、カンナギで一番大きくて歴史のありそうなお屋敷だった。うっすら雪が積もった屋根は、今まで見たことがないくらい立派な茅葺屋根だ。石造りの門柱の向こうに見えたお庭には、コイキングが泳いでいそうな立派な池もある。
その雰囲気に気後れしそうになった私は、おもむろに鞄を探ってシロナさんから預かった古代のお守りを取り出した。お守りを包んでいたハンカチを解くと、その隙間からあの日シロナさんからこれを預かった時に目にした淡い乳白色の飾り石が覗く。
その柔らかな色合いと、カンナギの優しい街並みが、私の気持ちを落ち着けてくれた。
私は小さく深呼吸をすると、古代のお守りをもう一度鞄にしまって、「ごめんください」と門の向こうに声をかけた。
[ 145/209]← →