秘伝マシンはそれぞれ対応するジムのバッジを持っていないと使えないらしい。クロガネゲートの電灯整備をするこの男性は、結局この秘伝マシンを一度も使うことが出来なかったと言ってから、あの喉から絞り出すような独特の声で思い出したように笑った。

「じゃ、そろそろ仕事に戻るよ」
「はい。お仕事がんばってください」

私は秘伝マシンをくれた男性に礼を述べて、クロガネゲートを先へと進んだ。




薄暗い洞窟の中を懐中電灯でしっかり照らしながら歩いていると、不意に岩影から黄色い物体が飛び出してきた。

飛び出しそうになった悲鳴をなんとか飲み込む。今度はなるべく心を落ち着けて、冷静に懐中電灯を差し向けることに成功した。一拍遅れてそれがコダックだと理解した私は、自信を持ってゴースのボールを投じた。
空中に現れたゴースはコダックを認めると、狙いを定めるように目を細めた。コダックは、ぼんやりとした瞳で私たちを見つめたまま微動だにしない。先制は私たちがとった。

「ゴース、催眠術!」

術は確かにコダックに当たったのだが、コダックはどうしてだか眠る様子がなかった。……効かなかった、のだろうか。コダックは水かきのついた三つ指の手で頭を抱えて首を傾げ、一度、間の抜けた声で鳴いた。

「じゃあ、怪しい光よ」

ゴースの反応を見る限り、これもばっちり当たっているのに、相手は混乱する様子がない。コダックは相変わらず直立したまま、無表情な瞳でゴースを冷静に見つめていた。
……理由はわからないが、仕方がない。小手先はやめて力ずくで押すのみだ。

「ゴース、舌で舐める!」

ゴースの大きく裂けた口から長い舌が現れて、コダックの腹から頭にかけてをぺろりと一舐めした。水タイプのコダックの体はゴーストタイプの技をすり抜けることはなく、攻撃はコダックに命中した。コダックが不快そうに顔をしかめる。今度は確かに命中しているようで私は、よし、と思った、

その時だった。
今まで頭を抱えたまま無反応だったコダックの目が、不気味な色にぎらりと光ったのだ。
まずい、なにかくる。
私は咄嗟にゴースに向かって「さがって!」と命じたし、彼も何かを予感していたようで、私の声と同時に攻めの姿勢から後退に転じようとしていた。しかし、それを行動に移すよりもコダックの攻撃がゴースを捉える方が早かった。

ゴースの顔が苦しそうに歪む。ガス状の輪郭が激しく揺らいでいた。
まずい、念力だ。私は昨日の夜にコトブキのポケモンセンターで読んだ週刊ポケモンバトルを思い出す。エスパータイプの技は、ゴースには効果抜群の威力。早くなんとかしないと、と思うよりも先に、私の口が動いて言った。

「ゴース、うらみ!」

ぎゅっと堪えるように閉じられていた彼の瞼が、ぐっと持ち上がる。
コダックを睨み据えて、ゴースはうらみを送った。じわじわと、しかし確実に。私は激しく揺れるガスの背中を見つめながら、ぎゅっと両手を強く握る。お願い、ゴースが力尽きる前に間に合って。

私の祈りが通じたのか、ふっとコダックの念力が消えた。
コダックは力の放出を止めたつもりはなかったようで、不思議そうに自分の頭を抱えてひとつ小さく鳴いた。

よし、今よ。
私が指示を出すより先に、ゴースはコダックに向かって恩返しを放っていた。
私とゴースの気持ちが通じるほど威力の上がる技に、コダックは目を回して倒れた。

私は一瞬の逡巡の後に、空のモンスターボールに手を伸ばした。怪しい光も催眠術も効かないコダックに興味がわいたことはもちろんそうだが、何よりも、コダックの念力はとても印象的だった。このコダックはきっと私たちの冒険を助けてくれるに違いない。ゴースは私の意思を察したのか、すっとこちらに身を引いて事の成り行きを見守る。
コダックに向かってボールを投げる。赤い光となってボールに吸い込まれたコダックは、しばし暴れたのちに、ふっと大人しくなった。

私は、言いようのない感動が湧き上がってくるのをはっきりと感じながらボールを拾い上げた。
初めて自分の力でポケモンをゲットしたのだ。

相棒を見上げると、彼もふわふわととても楽しそうに漂いながら高く一声鳴いた。
私もそれに応えるように、大きく声を上げて笑った。

私はゴースをボールに戻すのも忘れたまま、クロガネゲートを駆けて次の街を目指した。
早くデンジに知らせたい。薄暗い洞窟も、もう全然怖くはなかった。


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