クロガネゲートを抜けると、辺りは既に真っ暗になっていた。
ポケッチを確認すると、時刻は既に11時を回っていた。私はどうやら今までしたことのない夜更かしをしてしまっているようだ。その罪悪感と、なんだか少し大人になったような優越感のはざまで、ポケモンセンターを探して街をさまよう。

コトブキシティとは違って全く舗装のされていない踏み固められた土の道を足早に歩いていく。
コトブキやマサゴよりも高台に位置するこの町は、すぐ東をテンガン山、南と西と北側の一部はクロガネゲートのあるクロガネ山系に囲まれている。そのせいか、見上げた空は、故郷のそれよりも少しだけ狭かった。
内陸の盆地の空気はひんやりしているが、足元からはほんのり微かな暖かさが感じられる。それを不思議に思いながら、私は街の中心部にあったポケモンセンターの夜間通用口に駆け込んだ。




夜勤のジョーイさんに迎えられ、私は無事今夜の宿を確保することが出来た(「遅くまでご苦労様。あんまり無理しちゃだめですよ」)。
ゴースと、それからついさっき捕まえたばかりのコダックのボールを預けて、私は急いでテレビ電話の前に座る。お財布から小銭を数枚取り出して投入口に入れていく。自宅の番号を押すと、ワンコールで電話は繋がった。

「よっ! ナマエ! 元気か?」

画面に現れたのは、オーバくんだった。鮮やかな赤い髪が、画面に大写しになる。予期していたのと違う人物が現れたことに驚いた私は、ぽかん、と口を開けてしまう。するとオーバくんはその強い光を宿す瞳を柔らかく細めて、間抜けな顔をしている私を笑った。
彼の背後から、やや気怠そうなデンジの声が聞こえる。「勝手に出るなよ」と言いながら赤いアフロを押し退けて、その隣に金色の頭が並んだ。それを、オーバくんが軽く押し返す。

「んだよ、お前はいっつも話してんだから、たまにはいいだろ?」
「……お前、急に来てなかなか帰らないと思ったらこれが目的か」

デンジは眉を不快そうに顰めてから、何かを考えるように視線を左に流す。そしておもむろにオーバくんに背を向けた。デンジの横顔が画面から見切れて、ふさふさとした金色の後頭部だけが画面の左側に残る。
嫌そうな顔をしてはいたけれど……どうやらデンジは、久しぶりに私と話しをするオーバくんのために、画面の中央を譲ってくれたらしい。そんな気遣いを隠そうとするように、画面の向こうからカチャカチャと小さな金属音が聞こえてくる。
オーバくんはデンジの頭を一瞥してから、小さく肩をすくめてみせる。それから、素直じゃないな、と言うように笑って、こちらに向き直った。

「で、旅は順調か?」

それは幼い頃から見慣れたオーバくんの笑みだった。この明るい笑みに、私は何度も助けられてきた。辛いことがあった時、笑顔で励ましてくれたのはオーバくんだった。彼は私の旅立ちにも、最初から賛成してくれていたっけ。

「うん」

オーバくんの問いに笑顔で頷くと、彼は「そりゃよかった」と言って目を細めた。
今日はクロガネゲートを抜け、途中でコダックを捕まえたことを報告すると、彼は笑いながら大きく二度頷いてくれた。

「オーバくんはお仕事どう? まだ忙しい?」

四天王の仕事は、挑戦者の数によって繁忙期と閑散期が不定期にやってくるらしい。丁度私が旅立ちの準備を始めた頃から仕事が忙しくなったようで、彼とは結局旅立ちの日にも会えなかった。

「いや、今日からしばらくヒマなんだよなー。せっかくだしクロガネに遊びに行くかな!」

私はオーバくんに会えることを素直に喜んだのだが、画面の左側に移る黄色い後頭部から「冗談は頭だけにしろよ」という覇気のない声が飛んできた。
それを聞いたオーバくんは「え、どういう意味だ?」ととぼけたように言って、わざとらしく首を傾げてみせる。すると、画面の外から青い上着を着たデンジの腕がぬっと伸びてきて、オーバくんの真っ赤なアフロに小さめのスパナをぷすっと突き刺した。

「ほら」と言いながら画面の外に消えていったデンジの顔はイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
オーバくんは大げさに驚いてみせてから「なにすんだよー」と言い、少しにやけながらアフロ頭をふわふわと揺らしてみせた。スパナの刺さっている感覚がおかしかったのか、湧き上がってくるようにふつふつと、やがてお腹の底から大きな声で笑い始めた。

オーバくんがおどけて、デンジが呆れたふりをしながらそれに乗って。
ずっと見てきたふたりのやり取りが、画面の向こうにある。それがなんだか少しだけ寂しく感じられたのは刹那。

次の瞬間、公衆電話がぴぴぴぴっと電子音を発し始めた。その高い電子音は、最初に入れた硬貨分の通話時間が過ぎようとしていることを私と、それから画面の向こうにいる二人に知らせる。
時間がない。今まで無駄話をしていた私たちは、堰を切ったように話し始めた。

「あっ、電話切れそう、えと、デンジ! 私は今日も楽しく旅ができました」
「あ、ああ」
「ナマエ、とにかく、あれだ……がんばれよ!!」
「うん、ありがとオーバくん、えっと……これからもデンジと仲良くね!」
「はぁ?」

「なんだそりゃ」とデンジとオーバくんの声が重なった瞬間、警告音を発していた電話は、ぷつりと切れた。私以外に人のいなかった公衆電話コーナーの一角に、静寂が訪れる。
私は、真っ暗になった画面に映りこんだ自分の顔をぼんやりと見つめながら、最後のふたりの表情を思い出す。画面の中の私が、ふっと笑った。


[ 16/209]



ALICE+