アカギと名乗ったギンガ団の男と一戦を交えた翌日。私はやや重たい瞼をこすりながら身支度を整えて(昨日は少し眠りが浅かったのだと思う。あの人のことや、あの人とのバトルのこと、それからゴーストとのこれからのことをぼんやり考えながらまどろんでいるうちに朝になってしまったから)、ジョーイさんのもとに向かった。
「ゴーストはすっかり元気になりましたよ」
爽やかな笑顔でそう言った彼女の後ろから、紫色の顔がこちらを覗いている。
その顔は、表面上はいつも通りの笑顔に見えた。けれど、よく見るといつも上がりきっているはずの口角が、今日は少しだけ低い位置にあることに、私はすぐに気が付いた。
ジョーイさんのナースキャップをそのガス圧でわずかに揺らして、彼が私の方へすいっと飛んでくる。そして、なるべく普段通りの声で短く鳴いた。おはよう。昨日はよく眠れた? そんな何気ない挨拶をしたのであろう彼に私は、小さく頷いて応える。
そして。
私は両手を思いっきり広げると、彼のガスの輪郭をそっと抱きしめた。
昨晩から考えていたことだった。私と彼のこれからについて、ゴーストにも私の考えを聞いて欲しいと思ったのだ。
普段通りでいたいらしいゴーストはその身を翻して逃げるかな? とも思ったが、意外にも彼はおとなしかった。
私は静かな彼を、そして自分自身を鼓舞するように、なるべくはっきりとした口調で言った。
「次は、きっと負けないから」
マニューラとの戦いは完敗だった。
あの人と戦わなければならないことが悲しかった。トレーナーとしての力の差も歴然だった。私はそれに気をとられて、ゴーストにろくに指示も出せなかった。結果、あなたは瀕死の傷を負った。
彼のことを抱きしめる腕に力がこもる。
はっきり言って、トレーナー失格だ。そもそもギンガ団になんて関わるべきじゃないんだと思う。
それでも私は、この旅をやめることはできなくて。脳裏にあの人の眼差しが蘇る。私のことを探るように見つめる碧い瞳。私をどうしようもなくざわつかせるその奥にあるものを、どうしても知りたいのだ。
あなたが傷付かないように、私ももっと頑張る。
いつもあなたが身を挺してくれているのに報いられるくらい努力する。
だから、まだ一緒に旅をしてほしい。きっとまたマニューラと戦うこともあるだろう。その時、また一緒に戦ってほしい。
「今まであまり気にしてこなかったけど……これからは苦手なタイプの対策もしっかり考える」
昨日の夜、ゴーストのいない寝室で、彼のことをいままででいちばん考えた。
ゴーストの得意なこと、苦手なタイプ、私に足りないものと、それを補ってくれるあなたのこと。
「だから、」
私はそこで一度言葉を切って、それから意を決してこう続けた。
「私のために、一緒に頑張ってほしい」
ギンガ団を追うのは私のエゴでしかない。きっとまたあなたを危険にさらしてしまう。それをわかっていても私は、自分を止められない。
『私のために』と言ってしまうのは、恐かった。あなたのためとか、ふたりのためとか、そんな耳障りのいい言葉で自分自身を誤魔化してしまえば楽だったのかもしれない。でも、それはできなかった。
だって、これが事実なんだから。それをきちんと受け止めておかないと、私はまたいざという時にひるんでしまうかもしれない。
ゴーストは少しの間、黙っていた。何かを考えるような数秒の空白。そして。
彼は私の腕の中で、笑い声をあげた。くすぐったいような小さな笑い声は、次第に大きくなり、ついに私の腕の中ではおさまらなくなってしまったらしい。彼はすっと私の腕を抜け出すと、ポケモンセンターの高い天井をぐるりと一回りして、私の正面に戻って来る。
そして、ガスの手のひらで私の頭をぐしゃりと撫でた。
彼のその手のひらから、彼自身の葛藤が伝わってくる気がした。これは私の憶測だけど……あなたがいない昨日の夜、私が今まででいちばんあなたのことを考えたみたいに、ゴーストも私のことを、私のとのこれからのことを考えてくれたんじゃないだろうか。
もしかして私たち、似たようなことを考えていたのかもしれないね。そう思って私が少し笑うと、彼もつられるようににっと笑った。いつもと同じ飄々とした、その口角をめいっぱい持ち上げた屈託のない笑みだった。
「……ありがとう」
私がお礼を述べると、彼は「いいんだよ」と言うように小さくひとつ頷いてから、ポケモンセンターのカウンターの上に置かれていた自分のモンスターボールをその指先で指し示してみせた。
トレイにころんと置かれたそれ――私と彼を繋いでくれた赤と白のボールをそっと手に取ると、ゴーストは満足そうに頷いた。
私は空っぽのボールをホルダーにおさめる。
小さく深呼吸してから、私は大きく一歩踏み出した。
「よし。じゃ、行こうか、ゴースト!」
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