夜遅くにたどり着いたクロガネのポケモンセンターでぐっすり眠った私は、翌朝、クロガネ炭鉱博物館を訪れた。
背の低い建物が並ぶ町並みの中を歩いて辿り着いた博物館の看板には、『炭鉱に行きたくなります』というキャッチコピーが書かれており、その下には炭鉱への道筋と、見学手順が簡単に記されている。
炭鉱に行きたくなるって、本当かな。私は期待と僅かな疑問を抱きながら、白い煉瓦造りの建物へと足を踏み入れた。




展示をぐるっと見て博物館を出た私はその足で、看板にあったキャッチコピーの通り炭鉱見学に向かっていた。
その昔、シンオウ地方一帯は、火山活動の激しい地域だったらしい。クロガネの特産品である石炭は、地中深くに埋まった植物の死骸がその熱に曝されて、長い時間をかけてできたものなのだそうだ。
そんなシンオウ本土で最後まで火山活動を続けていたテンガン山も、今は沈黙して久しい。しかし、確かに大地は生きているようで、クロガネシティは石炭を育んだ地熱の恩恵を今でも受けている。昨日クロガネシティに着いたとき、足元にわずかな温かさを感じたような気がしていたが、あれがまさに地熱の恩恵だったのだ。内陸の高台にある乾燥しがちな盆地は、地熱のおかげで冬場の気温が下がり過ぎるのを免れているのだという。
石炭は、長い時代を超えてやってきた太古の植物。その事実は私の胸を躍らせた。しかも、坑道は石炭を求めて海の下まで掘り進められている、なんて知ってしまったら、その規模を実際にこの目で確かめたくなってしまったのだ。
確かにこれは、炭鉱に行きたくなる。私は炭鉱博物館の宣伝文句を思い出して、心の中で脱帽した。



未舗装の砂の道を踏んで、炭鉱の入口を目指す。ポケモンセンターの脇を抜け、街の南端に向かった。
道行く人に少し話を聞いてみると、この街の誰もが炭鉱を誇りに思っていることがその口ぶりから伝わってきた。

しばらく行くと、巨大な鉄の柱が何本も林立している場所に突き当たった。どうやらここが炭鉱の入り口らしい。鉄の柱の上にはベルトコンベアーが設置されており、その上を掘り出された石炭が流れて行っているようだった。私は博物館で見たオートメーションの模型を思い出す。木や紙で作られていた模型とは、受ける印象が全く違う。鉄の機械がたてる重厚な音を聞きながら尚も南下を続けると、濃い黒壇色の岩肌を刳り貫いて地下に潜ってゆく傾斜のきつい横穴が現れた。
道の脇にある古い看板には「クロガネ炭坑出入口」と書かれている。恐る恐るその中に入ってみると、入り口付近で何やら作業をしている炭鉱員の男性がいるのが目に留まった。仕事の邪魔にならないように手短に見学したい旨を伝えると、彼は人のよい笑顔で中に入る許可をくれた。

「炭鉱員も皆ポケモンを持っとる。ひょっとすると勝負を挑まれるかもな」

そう言った彼はわははははと豪快に笑って、私を送り出してくれた。





炭坑の中に入ると、まず土のにおいとこもった熱気が私の鼻腔にもぐりこんできた。地上とは全然ちがう世界に来たんだなと実感しながら、辺りを見渡してみる。すると、坑道の中が思っていたより明るいことに気が付いた。等間隔に設置された作業灯のおかげなのだろう、クロガネゲートよりも明るくて私はほっと胸を撫で下ろした。これなら、安心して歩けそうだ。
電灯に照らされながら、坑道のあちこちで作業員とワンリキーが仕事をしている。彼らの声は、坑道の土壁に反響して、重なり合い、人間の言葉ともポケモンの鳴き声とも言い難い不思議な響きになって坑道に消えてゆく。

坑道の独特の雰囲気を噛みしめながら進むうちに、この炭坑のつくりがだんだんとわかってきた。
入口付近は少し広く空間が取られていて、そこから四方八方に伸びる坑道の入口があちこちにぽっかりと口を開けている。海の下まで掘り進んでいるというこの坑道は、きっと縦横無尽な迷路のようになっているのだろう。

少し考えて私は、とりあえず一番大きな坑道に入ってみることにした。
迷ってしまわないように気をつけながら横穴を進む。飛び出して来るポケモンも、作業員の繰り出してくるポケモンも、炭鉱らしく岩タイプが多かった。イシツブテはゴースでも何とか相手にすることが出来るのだが、あの大きな岩蛇ポケモン――イワークが目の前に現れた時には、コダックが仲間になってくれていてよかったと心から思った。

「コダック、水鉄砲!」

その丸っこい嘴から勢いよく発射される水鉄砲で道を切り開きながら、私たちは炭坑を進んでいたのだが、不意に現れた巨大な岩に阻まれて足を止めざるを得なくなってしまった。
コダックとゴースをボールから出してはみたものの、彼らの力では、この岩は壊せそうにはない。……引き返すしかないか。そう思って踵を返そうとした時。

「見てて」

不意に、背後から声が聞こえた。
突然のことに驚いた私の肩が小さく震える。声の主を確認するべく振り返ろうとした私をさっと追い越して、その人は岩の前に立った。そして、ボールから小さなポケモンを出してその子に「ズガイドス、岩砕き」と命じた。ズガイドスと呼ばれたポケモンは深い青が印象的な頭を低く構えると、鋭い爪の生えた足で地面をぐっと踏みしめる。そして次の瞬間、彼は大岩に向かって勢いよく飛び出すと、その強靭な頭で岩を粉々に砕いてしまった。
ズガイドスのトレーナーはズガイドスをボールにおさめて、すっとこちらを振り返った。作業員にしては少し若い、眼鏡をかけたツナギの青年が穏やかに微笑んでいた。

「岩砕きが使えれば、こんな岩はわけもないさ。
ただし、僕のジムのバッジがいるけどね」

眼鏡の奥の瞳が、ちょっとだけ悪戯っぽく光る。
僕のジム、と言った。この人は、つまり、

「さあ、ここから先は危ないから、今日はもう戻ろう」

デンジと同い年か、もしかしたらやや幼いかもしれないこの青年が、クロガネジムのリーダーということなのだろう。
彼は人の良さそうな笑顔のまま「さあ、」と言って、しっかりとした足取りで炭坑の出口まで案内してくれた。


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