ゲンさんは、どこか不思議な空気をまとった人だった。
複雑な迷路のように入り組んだ採掘跡地をまるで自分の庭の様に進んでいくし、見えない物陰に野生のポケモンがいるのがわかるのか「あっちは危ないからこちらから行こう」と常に安全な道を選んでみせる。

ゲンさんは超能力でも使えるんだろうか。半ば冗談交じりにそう尋ねると、彼は少し笑ってから、時間さえあれば鋼鉄島で修行をしているのだということを教えてくれた。

「外よりも鉱山にいる時間の方が長いから、道も、どこにどんなポケモンがいるかも、もうすっかり覚えてしまったよ」

ゲンさんにとって、屈強な鋼ポケモンが多く生息しているこの鉱山の奥地は絶好の修行の場なのだそうだ。
先程のハガネールや、レアコイル、コドラなど、外ではあまり見ることのない鋼ポケモンが次々と現れる。ゲンさんは彼らから上手に隠れながら、そして時にはルカリオの体技でそれを制しながら、ゆっくりと奥へ進んでいった。




野生同士で争っていたボスゴドラとハガネールを見かけたのは、この切羽を半分ほど進んだ頃のことだった。彼らは鋼鉄の様に硬い体をお互い何度もぶつけ合い、威嚇し合うように咆哮をあげている。その瞳は怒りに似た色に燃えているのが、ここからでも分かった。
縄張り争いだろうか。私がそうゲンさんに尋ねると、彼はやや呆然としたような調子で「違う」と呟いた。

「ハガネールはもっと地中深くが本来の縄張りなんだ。
ボスゴドラは山の主だが……、ハガネールがたまに切羽に出てきて鉄くずを食べることは認めているはず」

ポケモンたちは、この廃鉱山で共生していたはずだ。なのにそのバランスが、崩れている。
私たちがいることにも気付かずに敵意を剥き出しにして傷付け合うボスゴドラたちを見ているのは、胸が痛んだ。

「ゴースト、催眠術」

わたしの声を受けて飛び出したゴーストが、二体の争いに割って入るように高い声を上げる。それに気をとられ、ゴーストの方に視線をやったボスゴドラたち。そこですかさずゴーストが催眠術を使った。彼の双眸が赤黒く光り、両手が眠気を誘うように怪しく動く。
数秒の後、ふたつの巨体が岩の地面に倒れ伏した。怒りに我を忘れていた瞳は、今は瞼の向こうで平穏な夢をみていることを心から願う。

「助かったよ、ありがとう」

ゲンさんはすやすやと眠るボスゴドラとハガネールを見ながらそう言って、それからゴーストと私に視線を移した。

「やっぱり今日の鋼鉄島はなにかがおかしい。
さあ、先を急ごう」

私は彼の言葉に大きく頷いた。鋼鉄島のポケモンたちがお互いを無意味に傷付け合っているのだとしたら、それは何としても止めなければならないと思った。

鉱道の奥に近付けば近づく程、野生のポケモンの異常行動が目立つようになっていった。
普段なら共生しているはずのポケモンたちがあちこちで争い合っている。かと思えば、なにもいない鉱道に向かって技を出し続けたり、硬い岩盤に自身の体を打ち付け続けているポケモンもいた。

異常行動で傷付き、疲れ果て、それでもまだ敵意に満ちた眼差しで己を酷使するポケモンたちを見るたびに、ゲンさんは苦しげな表情を作った。
ゲンさんにとって、この鋼鉄島は修行の場であると同時に、大切な場所でもあるのだろう。廃鉱山になった今でも機械の整備をしている元鉱山夫のおじさんの様に、この場所が、ここで生きるポケモンたちが、とても大切なのだ。

私とゲンさんはなるべくポケモンたちを刺激しないように進んできたが、それも最早限界だった。どんなに気を付けていても、彼らは私たちを見つけるや否や襲いかかってくる。彼らの殺気の方が勝り、ゴーストの催眠術もだんだん受け付けなくなってきた。
襲いかかってくるポケモンと戦闘になるのだが、鋼タイプに対して有効打をもっていない私とゴーストは、はじめてハガネールに出会った時の様に苦戦を強いられた。彼の主力であるシャドーボールも、ナイトヘッドも、それから鋼鉄島に入ってから習得した悪の波動も、あの鋼の鎧に遮られてあまり効果がない。
ほとんどゲンさんに守ってもらいながら、私たちは進んでいった。




「ゲンさんの様に強くなるには、どうすればいいんでしょうか?」

ハガネールをボーンラッシュで倒したルカリオの背中を見ながら、私は思わず彼にそう問いかけた。
鋼鉄島のポケモンたちを助けたい。そう思うことは簡単だ。だがそれを実現するには、強さがいる。

「みんなの役に立ちたいけど、私、ゲンさんの足を引っ張ってばかりで……」

強くなる。それは、つい先日カンナギ壁画であの人に惨敗してからゴーストと誓い合った約束だった。でも、どうだ。私は鋼タイプのポケモンに歯が立たない。きっとこのままでは、あのマニューラにも勝てない。

「きみは強くなりたいのかい?」

ゲンさんの問いかけに「はい」と頷くと、彼は長い指をあごに当てて少し何かを考えてから、ルカリオと視線を交わし合い、それからおもむろにこちらに向き直った。

「わかった。これもきっとなにかの縁だ。
まずは手持ちのポケモンを見せてくれないか?」


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