波止場の宿を見つけた日の晩は、海から吹くうねる様な風が一晩中吹いていた。
風の低い響きは少し恐ろしくもあり、しかし同時に、どこか幼子に聞かせる子守歌のようでもあり。私は不思議なくらいすとんと眠りに落ちたのだった。




翌朝街へ出ると、辺りには昨晩のうちに降った雪が厚く積もっていた。
船乗りさんとゴーリキーたちが早朝から除雪をしてくれたようで、道はきちんと通れるようになっている。私はすべって転んでしまわないように気を付けながら、朝一番でジムに向かった。

ミオジムのトレーナーたちは、磨き上げられた鋼タイプのポケモンたちを繰り出してくる。
鋼鉄島で鋼ポケモンを相手に修行をしていたことが幸いして、私はなんとか彼らに勝つことができた。私はゲンさんに大きく感謝しながら、ジムを進んでゆく。
ジムの中には、鉱山内で目にしたような昇降機や、水平方向に荷物を運ぶための運搬機がいくつも設置されていた。建物内を縦横無尽に走るそれらのリフトは、まるで鉱山の中を再現しているようにも見える。

私はそれらを乗り継いで、やがてジムの最深部にたどり着いた。
まず目についたのは、鉱山の奥のように薄暗く、あちこちに硬そうな岩が配置されたバトルフィールド。そしてその向こうに、男の人がひとり、静かにたたずんでいた。
あごのラインにかけて生えた無精ひげと、無造作に伸びた淡い赤銅色の髪の毛。筋骨隆々の引き締まった体にまとった作業着とマントは、鉱山での激しい修行のせいかその裾がすっかり擦り切れてしまっている。まさに鉱山一筋といった出で立ちだ。
年の頃は、ノモセジムのマキシマム仮面さんよりももう少し上だろうか。しかし年齢を感じさせないその体と精悍な顔つきが、彼の生きざまを饒舌に語っている気がした。

私は彼の雰囲気に飲まれないように小さく深呼吸をすると、なるべく大きな声で挨拶と自己紹介をした。そして、ミオジムに挑戦をしに来たことを伝える。
彼は、「わたしはトウガン」と名乗った。静かだがよく響く、自信に満ちた声だった。

彼はおもむろに、私が今までどのジムを破ってきたかを尋ねる。
私は記憶を遡っていきながらこれまでに訪ねてきたジムを挙げてゆき、最後にクロガネジムのことをトウガンさんに告げた。初めて闘ったジムリーダーのヒョウタさんのことは、きっと一生忘れない。

「そうか、クロガネのジムリーダーを制したか!」

ヒョウタさんのことを聞いたトウガンさんは、その精悍な顔つきを僅かに緩めたように見えた。
私が彼のその表情になぜか引き付けられたのは刹那。トウガンさんが笑みを浮かべたのはほんの一瞬で、彼はすぐにもとの表情に戻ってしまう。私はトウガンさんのその表情の向こうにあるものを掴み損ねたことを少し残念に思いながら、彼が腰のホルダーからボールを抜き出すのを見つめる。

「では、あの未熟者に代わって今度はこの私、トウガンが相手をしてくれようぞ!」

ヒョウタさんを未熟者と言うこの人は、ヒョウタさんとどういう関係なのだろう。師匠のような存在なのだろうか。それとも……?
私がその答えにたどり着くよりも早く、トウガンさんのモンスターボールが割れて、中から眩い光とともにレアコイルが現れた。薄暗いジムの照明を照り返して鈍く輝く磨き上げられた銀色の体に目を細めながら、私は少し考えてロトムのボールを放った。
トウガンさんは「ほう」と言って、その口元に微かな笑みを浮かべる。鋼タイプと電気タイプを併せ持っているレアコイルに対して、おそらく多くのトレーナーは地面タイプのポケモンを繰り出すのだろう。なかなか相手にすることのない電気タイプの挑戦者に、トウガンさんもレアコイルも興味を示してくれているようだ。

ジム付き審判の合図でバトルが始まる。

「レアコイル、ラスターカノン」
「ロトム、電撃波!」

トウガンさんは、まずは様子見と言った様子でレアコイルに鋼タイプの攻撃を指示した。レアコイルの磨き上げられた体が一瞬眩しく輝いて、その光が一点から発射される。
同じく様子見の意味を込めて指示した電撃波は、金属が電気をよく通す性質のおかげでラスターカノンを伝ってレアコイルに届いた。しかし、効果はいまひとつ。ゲンさんの言っていた通り、トウガンさんのポケモンは守りが固い。ダメージはあまりなさそうだ。
一方、ロトムに命中したラスターカノンは少なくないダメージを与えた。レアコイルは守りもさることながら、その特殊攻撃の高さが持ち味のポケモンだ。その電撃の力強さは、故郷のジムでも何度か目にしていたのでよく知っている。

私の脳裏に、故郷のジムの光景がふと蘇る。鋼タイプの知識ではトウガンさんに及ばないだろうが、電気タイプのポケモンの知識なら私だって負けていないはずだ。
あの頃はただ、すごいなあと思ってバトルを見ていただけだったけれど……自分もポケモンを持って、旅をして、バトルをするようになった今ならわかる。デンジの戦い方のひとつひとつに意味があったのだということが。そしてその記憶が、このバトルを勝利に導いてくれるだろうということが。

「ロトム、連続で電撃波!」

ロトムは独特の角ばった軌道でバトルフィールドを縦横無尽に舞いながら電撃波を浴びせかける。
あまりダメージは与えられていないけれど、今はこれでいい。

私がロトムを繰り出したのは、なにもレアコイルに有利なタイプのポケモンを持っていなかったからではない。そのことを私の表情から感じ取ったのか、トウガンさんの眼元が少し細くなった。

「もう一度ラスターカノン!」

ロトムを警戒してか、トウガンさんは勝負を終わらせにかかろうとラスターカノンを指示した。まずは、このラスターカノンを封じなければならない。

「今よ、影分身!」

ロトムの体が薄青く輝き、無数の分身が現れる。ラスターカノンは分身のひとつを掻き消して、はじけ飛ぶように消えた。回避の上がったロトムに、ラスターカノンは当たらない。

「ラスターカノンでは分が悪い。
レアコイル、10万ボルトで相手を狙い打て!」

ここでレアコイルが電気タイプの技を使ってくるかどうかが作戦の分かれ目だったが、ひとまず私とロトムはその賭けに勝つことができた。
レアコイルはロトムにしっかり狙いを定めて10万ボルトを打ってくる。分身のひとつひとつを的確に射抜き、ついにロトムの本体に強烈な電撃が迫った。

「そこで充電!」

レアコイルの電撃を、ロトムが正面から受け止める。そしてそれを、自身の体内に蓄えていく。莫大なエネルギー量に少し顔を歪めながら、しかしロトムはその電撃を自分の中にため込んで攻撃をいなすことに成功した。おかげでお腹いっぱいだよ、と言うように挑発的に鳴いて、レアコイルの正面に躍り出る。
ラスターカノンに10万ボルト。満身創痍のロトムに命中すればいずれも勝負が決まる威力の技だが、それを耐えて勝機を掴もうとする私たちに、トウガンさんは力強い笑みを浮かべてこう言い放った。

「意外に我慢強い戦い方をするな。だが、それもこれまでだ!」

トウガンさんの力強い声を受けて、レアコイルの手――6つの磁石がそれぞれに勢いよく回転し始める。きっと、あれは放電だ。今度こそ確実にとどめをさすために、四方に電撃を放ってロトムが攻撃を避けられないようにするつもりなのだろう。最大エネルギーで放電をするために体内の発電器官をフル稼働させたレアコイルから、ばちばちと電気があふれ出てくる。

この瞬間を待っていた。

「ロトム、相手の体内電流に沿って、最大の電撃波を!」

かつて故郷のジムでは、デンジを含めたジムトレーナーはジム内の一部区画、つまり、彼の作成したジムのしかけの制御基板に近いエリアではレアコイルを使うことを禁止されていた。レアコイルは強い電気を作ると同時に、強い磁場も発生させる。その磁場がデンジの力作の精密機械たちを壊してしまうからだ。
しかしそれを知らない挑戦者の中にはレアコイルを使う者も当然いた。そんな時、デンジは相手のレアコイルが強い電撃を使う前に倒すことで自作の機械たちを守っていたっけ。

トウガンさんのレアコイルの6つの腕で生成された電気がその体を駆け巡りながら大きくなってゆく。その電気がいちばん大きくなった刹那、充電で威力を増したロトムの電撃波が炸裂した。

レアコイルの電流はその体内で機械に近い直線的な軌道を描く。自身の許容量いっぱいに電気を溜めた瞬間に、その流れに沿うように大きな電流を加えてやると、レアコイルは過電流で簡単に目を回すんだ。

レアコイルとロトムの発する電撃で激しい雷鳴のような音が響くミオジムで、私はそんなデンジの言葉を思い出していた。このせわしない閃光も、髪をぞわりと逆立たせる静電気も、何もかもが場違いに懐かしかったのは一瞬。
閃光のおさまったフィールドで、ごとり、という重い音と微かな土煙をあげて、すっかり目を回したレアコイルが倒れた。


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