審判の「レアコイル、戦闘不能」という声が響く。
トウガンさんは静かな動作でレアコイルをボールに収めると、私とロトムを見て感心したようにこう言った。

「はじめは我慢強いかと思ったが……それだけじゃない、おもしろい戦い方だ」

レアコイルに勝てたのはデンジのおかげだな。私はそう思いながら「ありがとうございます」と言って小さく頭を下げた。褒められたことは素直に嬉しかった。
トウガンさんはそんな私を見て少し微笑むと、それからすぐにきりっとした顔つきに戻ってふたつ目のボールを抜き出した。

「さあ、次に行こう!」

ボールがポケモンを吐き出す眩い光とともに現れたのは、今まで見た中でいちばん立派なハガネールだった。その体躯は金属特有の光沢でぴかぴかと輝いていて、トレーナーの手入れが行き届いているのが一目見てわかった。

私は少し考えて、ゴーストに場に出るように指示を出した。ロトムがボールに戻るやいなや、待ってましたと言うように勢いよく飛び出して行く。
鋼タイプと合わせて地面タイプも持っているハガネールには、ゴルダックが有利だとは思う。でもゴルダックはここまでのトレーナー戦で疲労がたまっているし、なにより。鋼鉄島で野生のハガネールにはじめて出会った時。私たちは手も足も出なかったけれど……ゴーストと一緒にあの記憶を払拭しないといけないと強く思ったのだ。

ジム付き審判の合図で試合が始まる。
先に動いたのはトウガンさんだった。

「アイアンテール!」

短いが的確な指示で、ハガネールはその尾を振りかぶる。鋼鉄島でアイアンテールに体勢を崩された時のことが頭をよぎったのは刹那。私は両手をぐっと握ってぶり返しかけた恐怖を打ち消すと、ゴーストにシャドーパンチをお願いした。
はじめてこの鋼の尾に圧倒された時は有効な技もなくてどうしていいかわからなかったけれど、今は違う。ゲンさんに教えてもらった気合玉。これを決めるにはどうすればいいかを考えればいいのだ。
スモモさんに教えてもらった体術の基礎と、ゲンさんに教えてもらった相手の体勢を崩して隙を作る方法。それらはゴーストにしっかり息づいている。大丈夫。いける。

ゴーストは振り下ろされる尾に怯むことなくハガネールに接近した。攻撃の間合いを外れたが、その巨体ゆえハガネールは急に攻撃の勢いを止めることができない。しなる尾の支点となっている部分に、ゴーストがシャドーパンチを打ち込んだ。支点を崩されてバランスを失ったハガネールの頭が僅かに後ろへ揺らぐ。

「体勢を立て直せ! ジャイロボールだ!」
「そのまま恩返し!」

ハガネールは巨大な鋼の連なる関節を器用に動かして体を丸め込み、ジャイロボールを放とうとする。しかし、生来の素早さの差でゴーストの恩返しが相手に届く方が早かった。
ハガネールの顎にゴーストの力強い一撃がヒットする。ゲンさんのルカリオ直伝の的確に体の芯を捉えたその攻撃にハガネールは低いうめき声をあげて、そのまま自重に従うように背後へ倒れ込んでしまった。派手な砂煙がジム内を駆け抜けた。私とトウガンさんはそれぞれ腕で顔をかばいながら声を上げた。

「今よ、気合玉!」

ハガネールがあの巨体を起こすまで、僅かだが時間の猶予がある。気合玉を放つなら今ここだと思った。
心配だったのはハガネールの反撃だ。ラスターカノンのような遠距離攻撃でゴーストの集中を乱されたら、攻撃は失敗するかもしれない。そう思っていたのだが。

「ハガネール、砂嵐だ!」

トウガンさんが指示したのは、砂嵐だった。

フィールドに倒れたままのハガネールが僅かにその鎌首を持ち上げて巨大な顎を開き、歪んだ金属音のような声を上げる。同時に、フィールドに乾いた風が吹き始めた。それはすぐに細かい砂粒を含んだ砂嵐に変わり、ゴーストにわずかであるがダメージを与え始める。
どうしてこのタイミングで砂嵐を? そう疑問に思った瞬間、攻撃の準備が整ったゴーストが鋭く鳴いた。そして、両手を振り下ろすようにして、頭上に形成していたエネルギーの塊をハガネールめがけて打ち出す。

正面から命中した気合玉の威力は申し分なかった。ハガネールは最後に苦し気な声を上げて、静かにフィールドに沈んだ。
それを見たゴーストが、ひときわ高く、長く、鳴いた。勝利の雄たけびだった。いつも冷静で飄々としているゴーストだけれど……鋼鉄島のハガネールのことや、カンナギの壁画でのマニューラのこともあって、彼なりに悩んでいたに違いない。その突破口を見つけてまた一つ強くなれたことが嬉しかったのだろう。
彼のその熱い思いにつられるように、私も思わず小さくガッツポーズを作った。ゴーストと一緒に強くなれたことが、なにより嬉しかった。

トウガンさんはハガネールをボールに戻して「よくやった」と声をかけてから、その視線をこちらに向け直す。そして、砂嵐の中でもよく通る声でこう言った。

「ハガネールに怯まず近接攻撃を仕掛ける気概、見事だった!
その猛攻、古い友人を思い出したぞ」

古い友人というのはゲンさんのことではないだろうか。鋼鉄島でゲンさんがトウガンさんのことを話していた時の尊敬の混じった優しい眼差しを思い出しながら、私はおずおずとそう尋ねてみる。鋼鉄島でゲンさんに会ったことや、彼に稽古をつけてもらったことを手短に話すと、トウガンさんはどこか感慨深そうに大きく二度頷いた。瞑目して「そうか、ゲンに稽古を……」と呟いてから、彼は静かに最後のボールを抜き出し、それを投げた。

「ならば、こちらも最大の力で相手をせねばならんな!」

現れたのは、トリデプスだった。私は記憶をたどって、クロガネシティで化石掘りをした時のことを思い出す。
ヒョウタさんは、ズガイドスはシンオウ地方で多く見つかる頭蓋の化石から復元したポケモンだと言っていた。そして、頭蓋の化石と合わせてもうひとつ、シンオウ地方で多く見つかる化石がある。それが盾の化石。それを復元したタテトプスの進化した姿が、このトリデプスだ。

トリデプスは見るからに堅牢な盾状の頭をこちらに構えて低く鳴いた。どうやら、準備は万端らしい。

砂嵐の吹き荒れる中、審判のかけ声でバトルが始まる。
相手がハガネールからトリデプスに変わっても、ゴーストのやることは同じ。相手の隙を作って、気合玉を打ち込むだけだ。

「ゴースト、シャドーパンチ!」
「トリデプス、鉄壁だ!」

ゴーストは砂嵐をもろともせず滑空して、トリデプスにシャドーパンチを打ち込む。しかし、防御をぐーんと上げたトリデプスはゴーストのシャドーパンチを正面から受け止めた。そしてそのまま首を上に向けて跳ね上げる。力で押し負けたゴーストは、そのまま上に弾き飛ばされてしまった。

どうやら、鉄壁で防がれてしまうため物理攻撃では隙は作れそうにない。それなら、「シャドーボールよ!」
ゴーストは空中で体勢を立て直すと、素早く闇色の球体を形成する。そしてそれをトリデプスめがけて打ち出した。トリデプスの守りがいくら固くても、攻撃を続けていればきっといずれ隙が生まれるはず。
――そう思っていたのだが。
トリデプスはシャドーボールを正面から受け止めてそれをやすやすと弾き飛ばすと、まっすぐにゴーストを睨みあげた。見たところ、あまりダメージはなさそうだ。ゴーストの得意な特殊攻撃なら効果があるかも、と期待しているた私は思わず眉間に皺を寄せて苦い表情を作ってしまう。そんな私に、トウガンさんは高らかにこう教えてくれた。

「岩タイプのポケモンはね、砂嵐の中で特殊防御が上がるのだよ!」

なるほど、ハガネールが最後に砂嵐を起こしたのは、このためだったのか。先程の疑念は解消されたが……。
しかし、物理攻撃も特殊攻撃も受け切るだけの守りを固めたトリデプスを、どう攻めればいいのだろう。私は打開策を見つけられず奥歯をぎりっと噛みしめる。
一方トウガンさんは好戦的な笑みを浮かべると、「今度はこちらから行くぞ」と言ってアイアンヘッドを指示した。

堅牢な頭を支える太い四肢に力を溜めて助走を始めるトリデプス。跳ぶ気だ。そう思った次の瞬間、彼は硬い頭に力を溜めてきらきらと輝かせながらゴーストめがけて跳躍していた。

「かわして背後に回り込んで!」

ゴーストは私の指示通り動いてくれた。持ち前の素早さを活かしてすんでのところで攻撃をかわすと、トリデプスの背後に回り込む。空中で簡単に体勢は変えられないはずだ。後ろからというのは少し卑怯な気もするが……背に腹は代えられない。トリデプスに攻撃を当てるには、背後をとるしかない。

「もう一度シャドーボール!」
「首を左に傾けるんだ!」

ゴーストがシャドーボールを打ち出すと同時に、トリデプスがその重たい首を左に傾ける。するとどうだろう。その重さによってトリデプスの頭が下に――すなわち攻撃を繰り出したゴーストの方にがくっと向いたのだった。

「よし、そのままメタルバーストだ!」

トリデプスの頭部にシャドーボールがぶつかった瞬間、その衝撃を受けてトリデプスの巨体が一瞬空中で静止する。攻撃のエネルギーがトリデプスの盾を揺らした、と思った次の瞬間、トリデプスはその振動を増幅させて、そのまま銀色に輝く衝撃波として攻撃を返してきた。

攻撃を極めたゲンさんの戦いぶりを目にした時、その攻めに押されてギンガ団のポケモンたちはうまく攻撃を仕掛けられなくなっていたのを思い出す。あの時は、攻撃は最大の防御だなと思ったけれど……。
今、トウガンさんとバトルをして、私はこう思っていた。防御は最大の攻撃だ、と。防御を固めれば、相手の攻撃を受けることが気にならなくなる。そうすると、自然と自分の攻撃に集中できる。

トリデプスのメタルバーストがゴーストに命中する。スモモさんのルカリオに教えてもらった動き方で衝撃をうまく逃がしたようで、まだまだ十分に戦える元気はありそうだ。
しかし、今のままだと決定打がないのも事実だ。長期戦になれば、砂嵐のダメージの蓄積も無視できない。長引けば長引くほど、不利になる。

私は少し考えて、ゴーストを戻すことにした。まだまだ戦える彼は不満そうな声を上げたが、「大将にはいざという時のために控えていてもらわないと」と言うとまんざらでもなさそうな表情でこちらに戻ってきてくれた。

私は意を決するように息を短く吐き出してから、最後のボールに手をかけた。

トウガンさんが守りの達人と聞いてから、最後はこの子にしようと決めていた。
私の仲間の中で、いちばん守りが固くて、我慢強いヨマワル。きっとこのジム戦で最も多くのことを吸収して成長できるのはこの子だ。

「ヨマワル、お願い」

私の声に、彼は小さく、しかしはっきりとした声で応えた。いつもの弱々しい様子は見せずに、赤い瞳でまっすぐに相手を見つめている。
どうやらこの状況と私の思いは、ヨマワルに充分に伝わっているらしい。

私はヨマワルの背中越しにトリデプスの堅固な頭を見つめながら、審判の試合再開の合図を待った。


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