先に動いたのはヨマワルだった。まずは影打ちで相手の出方を窺う。トリデプスはやはり鉄壁で防御を上げて攻撃を無力化した。
自分の攻撃がきいていないことに驚いたヨマワルが乾いた声を上げる。私はそんな彼に「大丈夫」と声をかけた。トリデプスと全く同じ戦い方はできないけれど、でも、ヨマワルにも守りの才能があるんだ。ふたりでそれを引き出して、トリデプスに勝とう。
「ヨマワル、鬼火!」
私の声に合わせて、ヨマワルの周りにいくつもの鬼火がぼやりと現れた。それは砂嵐に乗って縦横無尽に周囲を飛びまわり、トリデプスに襲いかかる。
鬼火で相手が火傷を負えば、相手の攻撃力が下がる。そうすれば相対的にこちらの耐久力が上がり、トリデプス相手でも長期戦に応じることができると思ったのだ。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
「トリデプス、金属音だ!」
トリデプスがその顎を開き、金属の板を打ち鳴らすような甲高い鳴き声を上げた。その衝撃波で鬼火が吹き飛ばされ、次々に消えてゆく。……鬼火がだめなら、「怪しい光!」
混乱させて隙を作れば鬼火も当てられるはず。しかしこれも磨き上げられた盾で怪しい光が乱反射してしまい、うまく決まらない。
「どうした、今度はこちらから行くぞ!」
思うように技が決まらない私の隙をついて、今度はトウガンさんが仕掛けてきた。トリデプスの頭部がきらきらと輝いて、そのままヨマワルめがけて一直線に突っ込んでくる。アイアンヘッドだった。ヨマワルはそれを正面から受けて背後に吹き飛ばされる。
だが、攻撃を受ける直前から後ろに飛んでダメージを軽減していたらしいヨマワルはすぐに体勢を立て直すと、相手の正面に躍り出た。そして、低く乾いた声で相手を挑発するように鳴いた。
ヨマワルらしからぬ好戦的な一面に少し驚きながら、私は彼の背中を見つめる。私の視線を感じたのか、ヨマワルが少しこちらを振り返って、その赤い瞳をぱちぱちと明滅させながらこくりと頷いてみせた。
その瞬間、鬼火や怪しい光がうまく決まらず焦り始めていた気持ちが、すっと落ち着いた。
ヨマワルの決意が伝わって来て、私の気持ちを落ち着けてくれたのだとすぐにわかった。
そうだね。確かにトリデプスの守りは固い。でもふたりでそれを乗り越えて、もっと強くなろう。
「ヨマワル、この戦い、我慢比べになると思う。苦しいかもしれないけど……頑張ろう」
赤い瞳をぎらぎらと輝かせ、ヨマワルが頷いた。
私たちの空気が変わったことに気付いたらしいトウガンさんはトリデプスに注意を怠らないように言ってから、こちらの出方を窺う。
「ヨマワル、追い打ち!」
ヨマワルは少し後ろに飛んで助走をつけると、トリデプスめがけて正面から突っ込んでいく。当然、トリデプスは鉄壁を使って防御を上げてヨマワルを迎え撃った。それを数度繰り返したが、トリデプスはやはり元気なままだ。
そうこうしているうちに、今度はトリデプスがアイアンヘッドを使った。ヨマワルはトバリジムで教わった重心移動でそのダメージを最小限に抑えながら技を受ける。そして即座に体勢を整えると相手の背後に回り込んで、また追い打ちを仕掛けた。
背後をとられたトリデプスは急ブレーキをかけた。重い頭が慣性で持って行かれそうになるのを太い四肢で踏ん張って堪えて、体を反転させる。そして、真正面からヨマワルの攻撃を受けた。
それを見た瞬間、私の脳裏にひとつの考えが浮かぶ。
もしかして、トリデプスは左右の動きに弱いのではないだろうか?
重たい頭を支えながら急に方向転換する動きは、その首と四肢に小さくない負担をかけているはずだ。トリデプスはその体の構造上、防御時は攻撃を正面から受けざるを得ない。背後からの奇襲を続けて方向転換を何度も誘えば、いずれ疲労が限界をむかえ、相手の守りに隙が生じるかもしれない。
「ヨマワル、連続で追い打ち!」
ヨマワルの追い打ちはことごとく防がれたが、彼は素早く体勢を立て直し、何度もその強靭な盾に攻撃を仕掛ける。ヨマワルが全身全霊の追い打ちをするたびにトリデプスの盾がぐわんと鳴って、その金属質な響きがジム内にこだました。
何度目かの攻撃を防がれたところで、ヨマワルの顔にわずかに疲労の色が浮かぶ。
「ヨマワル、気持ちで負けちゃだめだよ!」
「その心意気やよし。だがそれだけではトリデプスには勝てないぞ」
トウガンさんはそう言ってトリデプスにアイアンヘッドを指示した。
ようやく巡ってきたチャンス。私はヨマワルに「背後に回り込んで!」と声をかける。
しかしトウガンさんは動じない。「振り返ってラスターカノンだ!」というトウガンさんの声に従って、トリデプスは急ブレーキをかけ、その勢いのままヨマワルの方を振り返った。重い首がぐうっと右に揺れたが、倒れない。
トリデプスは頭部の金属部分をきらきらと輝かせてエネルギーを溜めると、ラスターカノンを打ち出した。私はそれを苦々しい表情で見つめる。ああして一カ所に腰を落ち着けて遠距離攻撃に徹されては、こちらの作戦が台無しだ。……ラスターカノンを封じなければ。
「金縛りよ!」
ヨマワルは空中でひらりと飛んでラスターカノンの正面に躍り出ると、呼吸を整える。そしてその赤い瞳をゴーストタイプらしくおどろおどろしく明滅させてトリデプスを睨みあげた。トリデプスの背中がびくりと震える。彼が発射したラスターカノンはヨマワルに届く直前の所で推進力を失ったように沈み、最後には光が散り散りになって弾けた。
舞い散る光の残滓の向こうで、トウガンさんが愉快そうににやりと笑う。今までのトウガンさんとは少し違う、とことん好戦的な笑みだった。
「あくまで耐久勝負にこだわるか! いいだろう。トリデプス、受けてやれ!」
トリデプスが低く咆哮して、鉄壁を使う。ひときわ固くなったその盾に、ヨマワルがぶつかっていく。
トリデプスは当然の様にヨマワルの攻撃を受け切ってその小さな体を弾き飛ばすと、アイアンヘッドを使った。ものすごい勢いでヨマワルめがけて突っ込んでくるトリデプス。
ヨマワルは体勢を整えてその攻撃を受けると、空中で体勢を立て直して相手の背後に回り込み、すぐに追い打ちを放った。アイアンヘッドの勢いを殺しながら方向転換するトリデプスが挙げた派手な砂煙は、砂嵐に飲み込まれてすぐに消える。
ヨマワルが攻撃をして、それをトリデプスが受け止める。今後はトリデプスが攻撃をして、ヨマワルがそれを受けて背後に回り込む。トリデプスが方向転換して、背後からの攻撃を受け止める――。それを何度も何度も繰り返して、ついにその瞬間はやって来た。
アイアンヘッドを放ったトリデプスが、何度目かの方向転換をしようとしていたまさにその時。脚と首に蓄積した負担がピークに達してしまったのか、ついに慣性の力に負けてしまったトリデプスの重い頭がぐっと後ろに引っぱられる。そのままバランスを崩してしまったトリデプスの膝が、がくりと折れた。
「今よ、鬼火!」
ヨマワルは乾いた声を上げながら鬼火をトリデプスに向けて放つ。トリデプスはなんとか首を動かして自慢の盾で鬼火を防ごうとしたが、倒れた状態ではその重たい首をうまく動かすことができなかった。砂嵐に乗って勢いを増した鬼火は、ついにトリデプスに命中した。
火傷を負ったトリデプスが、ゆっくりと立ち上がる。
トウガンさんはトリデプスに大丈夫かと声をかけて彼の状態を確認した。火傷は負ってしまったけれど相手はまだ充分に戦えるようで、その盾状の頭をヨマワルに向けて垂直に構えるとこちらを睨みつけて、このくらいで勝った気になるなよと言うように低く鳴く。
「そうだな。まだまだ勝負はこれからだ」
トウガンさんはいきり立つトリデプスに優しい声色でそう言うと、私とヨマワルの方に向き直り、まるで少年の様にその瞳を輝かせてこう続けた。
「お互い、これで終わりじゃないだろう。まだまだ楽しませてくれ!」
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