トリデプスとヨマワルが、敵意を隠さずにお互いを睨み据えること数秒。
2体はほとんど同時に動いた。
「トリデプス、アイアンヘッドだ!」
「ヨマワル、追い打ち!」
彼らは自分の力を精一杯振り絞って相手に向かっていく。そして、フィールドの真ん中で正面からぶつかり合った。トリデプスの盾がぐわんと鳴る。その響きがゆっくりと消えてゆくのを聞きながら、私は今まではすぐにその衝撃で弾き飛ばされてしまっていたヨマワルが、トリデプスにしっかりと食らいついているのを確かに見た。これでようやく、互角の力で戦える。
ここまで本当に長かった。今すぐヨマワルを呼び戻してたくさん褒めてあげたい気持ちでいっぱいだったが、それはあと少しお預けだ。
お互い一歩も引かずに、額を突き合わせて押し合っているヨマワルとトリデプス。トリデプスが相手を押し負かそうとしたかと思えばヨマワルがすぐに立て直し、ヨマワルが力の入れ方を微妙に変えて相手の重心を崩そうとしたかと思えばトリデプスがすかさずその巨大な盾の頭の重心を下げてそれを防いで見せる。そんな一進一退の攻防が続く。
彼らはそれぞれ防御力に自信を持っているからこそ、絶対に引くことができないのだろう。こうなってしまってはもう、私たちトレーナーにできることは多くない。ポケモンと気持ちを重ねるように全身に力を込めて声をかけるだけだ。
「ヨマワル、負けないで!」
「意地を見せるぞ、トリデプス!」
それに応えるように、フィールドのヨマワルとトリデプスも徐々に声を上げはじめた。はじめは呼吸を整えるように浅くもれていた声は、やがて腹の底から力を出すためのかけ声に変わり、気付けば自身を鼓舞するための雄たけびに変わっていた。
トリデプスが金属音混じりの歪んだ声で叫びながら四肢を踏ん張り、堅固な盾でヨマワルをぐっと押し込む。ヨマワルも負けじと喉の奥から絞り出すような声を上げながらそれを押し戻す。
その背中を見ながら私は、思わず両手を胸の前で祈るように組んで、強く握りしめていた。そして、ヨマワルのこれまでのバトルを思い返す。
初めてのバトルは、トバリのジム戦だったね。今まで一緒に稽古をしていた相手の突然の気迫に、思わず逃げ出してしまったんだった。
でも、213番道路の波打ち際でサメハダーから私を守るためにバトルの恐怖に立ち向かって、きみはひとつ強くなった。
二度目のジム戦では、大きなギャラドス相手に勇敢に戦って相打ちに持ち込むことができたけど、……惜しいところで勝てなかった。
そして今、三度目のジム戦。きっとこの場にいる誰よりも勝ちたい気持ちが強いのはヨマワルに違いない。私は彼の小さな、しかし力のこもった背中を見つめながらそう確信していた。
勝ちたいのは、強さを誇示したいからじゃない。勝って確かめたいんだよね。ずっと泣いてばかりだった自分から少しは変われたんだということを。
私は自分の両手をぎゅっと握りしめながらヨマワルに精一杯の声援を送る。
「ヨマワル、勝とう!」
ヨマワルはトリデプスとの組み合いに専念していてこちらを振り向いたり頷いたりはしなかったけれど、私の気持ちは彼に充分に伝わっていたのだと思う。
なぜなら、私の声を受けてヨマワルがいっとう高く咆哮を上げた瞬間、ヨマワルから眩い光が溢れ出てきてその体を覆ったからだ。一拍置いて、この場にいる誰もがその意味を理解する。進化だった。トリデプスとのバトルの中で経験を積んだヨマワルの体は、勝ちたい気持ちに呼応するようにその姿形を変えていく。
簡単に抱きしめることができた小柄な体が、鮮烈な光を放ちながら大きくなってゆく。あっという間に、私では抱えられないくらい、大きく。
やがて進化を終えた彼は、鉱山の中の様に薄暗いジムいっぱいに光のかけらを振りまきながらゆっくりとその顔を上げる。血の様に赤い瞳を爛々と輝かせるサマヨールがそこにいた。
「戦いの中で進化をしたか! おもしろい!」
トウガンさんは地を震わすような声でそう言って、嬉々とした表情でサマヨールを見つめる。自分の火傷に相手の進化。状況は少しずつ不利になっていっているはずなのに、その瞳に焦りはない。むしろこの状況を楽しんでいるかのように輝いている。
「不利になってからが守りの本領発揮だ。トリデプス、それを見せてやるぞ!」
トリデプスはその四肢に力を込めてサマヨールの正面に立ちはだかる。そして、さあ来いと言うように低く鳴く。それに応えるようにサマヨールも少し低くなった乾いた声で力強く鳴いて、その太い両足で地面を蹴って駆け出した。
サマヨールは初めて使う足を淀みなく動かして、トリデプスに近付いて行く。そして右半身を引いて反動をつけると、そのまま相手にシャドーパンチをお見舞いした。サマヨールはその勢いのままトリデプスの盾に組み付いて、相手をぐっと押し込んでみせる。
トリデプスはそこでメタルバーストを放った。シャドーパンチの威力をその盾で増幅させて、そのエネルギーを纏ったままサマヨールに体当たりを仕掛けたのだ。
至近距離の攻撃は避けられるはずもなく、銀色に輝く盾がサマヨールに正面から直撃する。ヨマワルだった頃は後ろに飛びながら攻撃を受けることでその衝撃を殺していたのだが、サマヨールは重心を低く構えると、その攻撃を正面から受け止めてみせた。ジム内に一陣の衝撃波が走り、私の髪とトウガンさんのマントをふわりと揺らす。
静寂は、刹那。
すぐにフィールドにサマヨールたちの荒ぶる息遣いと、砂嵐の風音が戻ってくる。
サマヨールがトリデプスの攻撃を受け止められるなら、やることはひとつだと思った。ここは鉄壁の守りを誇るミオジムなのだ。トウガンさんも同じことを考えているのだろう。私の挑戦的な視線を受け止めて、彼がにやりと笑う。
「サマヨール、そのままもう一度シャドーパンチ!」
「こちらも、もう一度受け止めてメタルバーストだ!」
ここからはもう余計な指示はいらない。ただ相手の攻撃を受けてなお立っていられた方が勝つ、単純な勝負だ。
メタルバーストを受けたサマヨールはぐっとこらえて体勢を整えると、その拳でトリデプスを強打する。トリデプスは盾の角度を調節してその衝撃を最小限に抑えながら戦う。
何度も何度も技の応酬が続いた後に、その瞬間はいきなりやってきた。アイアンヘッドを繰り出そうとしたトリデプスが、その場にがくりと膝をついたのだ。
先ほどまでの動きから推察するに、トリデプスの体力にはまだ余裕があったはずだ。どうして急に、と疑問に思った私の視線の先で、サマヨールの赤い目が不敵に光る。それを見た私は、メリッサさんにもらったゴーストタイプの指南書にあったサマヨールの特性を思い出した。進化した彼の特性は、確かプレッシャーに変わっているはずだ。相手の気力を奪い、技を出せなくしてしまうその特性は、耐久勝負で長期戦に持ち込むサマヨールにぴったりの特性だった。
「トリデプス、動けるか?」
トウガンさんのその問いに、トリデプスは当然だと言うように鋭く鳴いて応えた。やや足取りがおぼつかなくはあったが、それでもしっかりと立ち上がり、サマヨールに狙いをつける。
その粘り強さと諦めない姿は、きっとずっと私とサマヨールの中にあり続けて、私たちを成長させてくれるに違いない。私は彼らの戦いをしっかりとその目に焼き付けながら、サマヨールに渾身のシャドーパンチをお願いした。
技を出せなくなったトリデプスの悪あがきにも近い体当たりと、サマヨールのシャドーパンチが正面からぶつかり合う。この場にいる誰もが息をのんで2体を見守る。
そして。最後に立っていたのはサマヨールだった。
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