審判の声が響いて、サマヨールの勝利を告げる。
その瞬間、私は思わずサマヨールめがけて駆け出していた。

本当に、ぎりぎりの戦いだった。サマヨールは砂嵐の、トリデプスは火傷のダメージがあったから、条件としてはかなりイーブンな状況だったと思う。最後に勝敗を分けた要因は、たぶんトリデプスが出せる技がなくなって放った悪あがきの一撃にあった。疲弊した状況での肉弾攻撃は、きっと自身の体にも反動があったはずだ。その分、サマヨールが有利だった。

「サマヨール、勝ったね! おめでとう!」

今までは私の胸にすいっと飛び込んでくるヨマワルを抱きしめていたのだけれど……、立場はすっかり逆になってしまった。私はサマヨールの大きな体に駆け寄るとぎゅっと抱きつく。サマヨールはその大きな手で私をそっと抱きしめて、それから低く乾いた声で甘えるように鳴いた。
どうやら、進化して体は大きくなったけれど、その性格は変わっていないようだ。私はそれが嬉しくて、サマヨールの腕の中でくすくすと声をたてて笑ってしまう。

「ナマエ、見事な戦いだった!」

トウガンさんはトリデプスに労いの言葉をかけてボールに戻してから、興奮冷めやらぬ声で私たちのことを褒めてくれた。

「私とトリデプスを負かすに相応しい、粘り強いポケモン勝負だった。
その強さを認め、このマインバッジを渡そう!」

ジム付きの審判から渡されたバッジを、トウガンさんがこちらに差し出す。受け取ったそれは、みっつの鶴嘴を組み合わせたような複雑な模様をしていた。鉱山で修行をするトウガンさんのジムにぴったりなそのバッジを、私はケースにそっとしまう。
それを待ってから、トウガンさんはこのバッジがあれば屋外で怪力の秘伝技を使って大きな岩を押して進むことができるようになることを教えてくれた。それから、サマヨールに目線をやって、何かを思案するように顎に手を添える。
なんだろう、と思った私がおずおずと尋ねかけようとしたところで、トウガンさんが口を開いた。

「今から少し、時間はあるか?」

今日はジムに挑戦することしか考えていなかった私は、それに頷いて応える。するとトウガンさんは「よし、少し待っていてくれ」と言ってジムの奥に下がり、数分後に戻ってきた。その背に簡素な鞄があるのに気が付いたが、そのことについて尋ねる間もなくトウガンさんは私に外に出るように促した。

「さあ、行こうか」

そう言ったトウガンさんのボールから現れたのは、輝く銀色の鎧に全身を覆われたエアームドだった。私とゴーストは言われるままにその背に乗る。やや遅れてトウガンさんがその背にひらりと飛び乗ると、エアームドは甲高い鳴き声を上げて飛び上がった。

「ど、どこに行くんですか?」
「鋼鉄島だよ!」

エアームドはその鋭い金属の翼で空を切るように飛ぶ。どうして鋼鉄島に行くのか尋ねる暇もなくあっという間に鋼鉄島に着いた私たちは、この島の船着き場と鉱山の間にある小屋の前に降り立った。
小屋を見上げながら私は、ゲンさんと鋼鉄島のギンガ団の企みを打ち破った日の夜に、ここに泊まったことを思い出す。宿泊施設のない鋼鉄島で夜を明かす場合、野宿をするか、この山小屋のお世話になるかの二択になるのだという。見ず知らずのトレーナーたちが泊まるこの小屋で、私も会話にまぜてもらって親睦を深めたのは記憶に新しい。

私がそのことをトウガンさんに話すと、彼は「それはよかった」と豪快に笑って、実はこの小屋がトウガンさんのものであることを教えてくれた。自身が鋼鉄島で修行をするために建てたこの小屋は、いつしか彼を真似て修行にやって来たトレーナーたちが集まるようになり、やがて今のように誰でも自由に出入りできる山小屋になったのだという。
鋼鉄島に集まるトレーナーのために自らの小屋を開放しているトウガンさんに尊敬の念が湧き上がる。それをそのまま伝えると、トウガンさんは少し照れたように笑ってから、「さ、こっちだ」と私に奥に来るように促した。

トウガンさんは懐から鍵を取り出すと、普段は立ち入れないようになっているらしい奥に通じる扉の鍵を開け、戸を押し開ける。
促されるまま足を踏み入れたそこには、たくさんの鉱石や化石がきれいに陳列されていた。鋼鉄島で掘り出したであろう磁鉄鉱や、クロガネ炭鉱の石炭と思しき黒い石、他にも様々な価値ある岩石が並んでいる。

思わず歓声を上げると、トウガンさんは自慢げな笑みを浮かべながら、戸棚からひとつの石を取り出した。

「遠くまで来てもらってすまなかったな。
サマヨールを見ていて、ふときみにこれをあげたくなったんだ」

軍手をはめたトウガンさんの手の上にあったのは、淡い赤紫色をした、小さな石のかけらだった。すっかり角がとれてまろやかな風合いをしたそれを、私は目をしばたたかせて見つめる。

「これはな、以前この鉱山で出会った男にもらったんだ」

トウガンさんは数年前、鋼鉄島の最奥部でいつものように修行をしていたときに、その男の人に出会ったのだという。メタグロスを使うその青年とバトルをして、別れ際に彼からこの石を渡されたのだそうだ。

「これは、進化の奇石といってな。まだ進化できるポケモンに持たせると、防御力と特殊防御力が上がるらしい。
守り主体の私に合うだろうと言ってこれをくれたんだが、……残念ながらこいつは海外の石らしくシンオウリーグではまだ非公認でね。ジムリーダーの私がそんな道具を使うわけにいくまい」

海外の珍しい石を初めて出会った人に簡単に渡してしまうその男の人のことも気になるが、今問題なのは目の前にあるこの石だ。
きっと価値あるものに違いない。それを私が簡単に貰っていいんだろうか。私が少し困ったように口を閉ざすと、トウガンさんは落ち着いた声でこう言ってくれた。

「こういう道具は、使われてこそ意味がある。サマヨールの戦いぶりを見て、私がぜひこれをナマエに譲りたいと思ったんだよ」

まるで子供を諭すようなその口調に、どうしてだか私の脳裏にヒョウタさんの姿が思い浮かんだ。クロガネの夜空を見ながら、私の旅を肯定してくれた彼の声。それがどうしてだかトウガンさんと重なったのだ。

私はトウガンさんの言葉を受けて、その石をそっと受け取る。手のひらに乗る小さな石は軽いはずだが、そこに込められた数々の思いのおかげか、心地よい重みが感じられる。
私はそれをきゅっと握りしめて、「ありがとうございます」と言った。

「きっとこれを上手に使って、サマヨールと強くなります」

トウガンさんは「まあ、気負わず、のびのびやってくれ」と言って、少し笑った。なんだか見ているこちらまで微笑んでしまう、優しい笑みだった。




山小屋を出たトウガンさんは、このまま鉱山で修行をするらしい。
私たちは小屋の前で別れを済ませて、私は船着き場の方へ、トウガンさんは鉱山の方へ、それぞれ歩いていく。

私は一日に1便しかない定期便に遅れないようにポケッチで時間を確認して足早に歩きながら、別れ際にトウガンさんに尋ねた質問のことを思い返していた。

バトルをする前から気になっていた、ヒョウタさんを未熟者と言った理由を思い切って尋ねると、トウガンさんはあっけらかんとした口調でヒョウタさんがトウガンさんの息子であることを教えてくれた。このことはシンオウ地方のトレーナーの間では割と有名なことらしかった。
私が無知を詫びると、トウガンさんは豪快に笑って「なに、その方が我々も気楽にやれていいさ」と言ってくれたのだった。

「きみや息子のような若いトレーナーが増えれば、ポケモンの未来も明るい!」と言って笑っていたトウガンさん。彼から託された進化の奇石をぎゅっと握りしめると、頑張ろうという決意といっしょに、なんだか懐かしい気持ちがお腹の底の方からせり上がってきた。
トウガンさんがヒョウタさんのことを語る時の家族に向けた眼差しが、私の家族――デンジのことを思い出させたのだとすぐにわかった。今日のバトルでロトムが勝てたのは彼のおかげだった。今日ほど彼に電話をしたいと思った日はないかもしれない。喧嘩のことを謝って、それからデンジのおかげで勝てたよと言えば、きっと彼も喜んでくれるに違いなかった。

久しぶりにデンジに会いたい。その気持ちを振り切るように私は駆け出した。
まだナギサの停電が復旧したというニュースは耳にしていない。きっと電話もまだ繋がらないままだろう。会いたくても、私はまだ彼に会えない。だからこの気持ちはここに置いていかないと。じゃないと、冒険の足が鈍る気がする。

急に走り出した私を咎めるように鳴いて、ゴーストがすっと私の隣に並ぶ。
私は自分の気持ちをごまかすように「ごめん、急がないと船に遅れるといけないと思って」と言って小さく笑ってみせる。
ゴーストは少し黙り込んで私の顔を真っ直ぐに見つめていた。もしかしたら、私の嘘はばれているのかもしれない。しかし、彼はそれを追求しなかった。それは大変だと言うように一声鳴いて、私を追い抜いて先へ飛翔していく。

「ま、待ってよ、ゴースト!」

私は足の回転数を上げて彼を追う。走ることに一生懸命になればなるほど、郷愁めいた気持ちは影を潜めていった。
ゴースト、ありがとう。私は声に出さずにそう呟いてから、彼の後を追って走った。


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