鋼鉄島から定期船に乗り、ミオの街に戻ってくる頃にはすっかり夕方になってしまっていた。
私はポケモンセンターに向かうと、サマヨールをはじめ頑張ってくれたポケモンたちをジョーイさんに預けて、今日は早めに休むことにした。
翌朝、朝靄の中をミオの運河を眺めながら軽く走ってから、ポケモンセンターの受付で元気になったポケモンたちを受け取った。
みんなで朝食をすませてから、私は今後の道のりについて考えながら鞄の中身を整理していた。
マインバッジを手に入れて怪力の秘伝技を使えるようになったので、これからテンガン山の大岩をどかして、エイチ湖に行ってみようと思う。
地図を見るに、テンガン山の洞窟内を北上して、おそらく雪に閉ざされているであろう216番道路から217番道路を抜けることになりそうだ。今までにない厳しい道のり。しっかり準備をして挑まなければ。
鞄の中身を改めて見ていると、ある技マシンが目に留まった。技マシン番号26番、『地震』。地面タイプの大技だ。私はそのパッケージを見て、ふとこれをくれたミルさんのことを思い出した。一緒に迷いの洞窟の出口を目指した彼女。ユンゲラーと一緒に強くなりたいと言って笑っていた姿は、今でもはっきりと思い出すことができる。……彼女とユンゲラーは元気にしているだろうか。
私は地震の技マシンのパッケージを開けて、おもむろに中のディスクを取り出した。淡い茶色を帯びたディスクが照明の光を跳ね返してきらきらと光る。その眩さに、私は小さく微笑んだ。その輝きは、彼女のピンク色の髪をまとめていた金の髪飾りに似ていて。「ミルたちは元気だよ」と私に語りかけてくれたような気がしたのだ。
それから私は、昨日進化したばかりのサマヨールをボールから出して、地震を覚えてみないかと尋ねてみた。
もしもサマヨールが地震を覚えていたら、昨日のジム戦もまた違った展開になっていたかもしれない。ゴーストタイプの多い私のパーティーメンバーにとって、鋼タイプの対策は重要な課題だ。ゲンさんも「まずは技から見直してみるといいよ」と言っていたし。
だから、我慢強くて鋼タイプの相手も充分にできるサマヨールに地震を覚えてもらえたらと思ったのだ。
サマヨールは顔の真ん中にあるひとつ目を赤く揺らめかせながら頷いてくれた。強くなってみんなを守れるなら、こんなに嬉しいことはないよ。そう言うように優しく鳴いて、自らこちらに頭を垂れる。私は少し背伸びをして彼の額に技マシンのディスクを押し当てる。
少し間を置いて、サマヨールはゆっくりと立ち上がる。そして、その場で足踏みをして、地面の感触を確かめた。おそらく、私が指示すれば、彼はその太い足で地面を打ち鳴らして地震を起こしてくれるのだろう。現に彼は新しい力がどんなものか試してみたそうにうずうずしている。
でも、今はまだお預けだ。だってここはポケモンセンターの中だもんね。
サマヨールはそれをよくわかっているようで、早く出発しようよと私を急かすように鳴く。
「うん、わかってる。次のバトルで一番に試してみようね!」
私がそう言うと、サマヨールは乾いた声で一際高く鳴いたのだった。
サマヨールにはそれから岩砕きと怪力も覚えてもらって、ポケモンセンターを出た。
向かったのはフレンドリィショップ。洞窟を越えるのに充分な回復薬や食料を買い足して、それから店員さんにキッサキに向かうのにあると便利な道具があれば紹介してほしいとお願いする。
「それならスノーシューかワカンは必須だね。エイチ湖に寄るならアイゼンとピッケルもいるかな。
帽子とグローブはケチらずいいのを買った方がいい。防寒はなにより大事だから。
あとゴーグルは持ってる? 雪の照り返しって結構きついんだよね」
店員さんはにこやかに、しかし淀みなくしゃべりながらカウンターに雪山登山のための品物を山積みにしていく。
「え、えっと……ちなみに今持ってるものはこんな感じです」
このまま商品が増えていっては私の財力ではとても賄えなくなってしまう。私は鞄からデンジと揃えたアウトドア用品を出して、とりあえず店員さんに見てもらうことにした。
雪がひどいときのために買った防水の防寒着と帽子、それから手袋を見て、店員さんは「うん、これなら防寒は大丈夫そうだ」と頷いてくれた。
「となると、揃えるべきは足回りかな」
私がエイチ湖にも寄りたいと思っていることを告げると、店員さんは「じゃあこれがおすすめ」と言って靴に装着するとげとげ――アイゼンと、その上から付けられる大きな輪っか状の履物――ワカンを残して机のものをいったん脇にどける。
「体力に自信はある?」
「ふ、普通、でしょうか……」
「ならこれもあった方がいい」
そう言って店員さんは柄の長いピッケルを追加した。
初めて見る道具に困惑する私に、店員さんはこれらの使い方と重要性を教えてくれる。
アイゼンは、雪山で滑らないためのもの。ワカンは高く積もった雪の上を歩くときに体が雪に沈んでしまわないようにするためのもの。必要に応じて片方ずつ、或いは両方を今履いている靴の上から取り付けて進むようだ。
そしてこの杖状のピッケルは歩行を補助してくれるのだという。平地では柄を長いままにして杖として、斜面を登る時には柄の部分を短くして取り回しやすいピッケルとして使える新商品なのだそうだ。
「217番道路を行くならワカンよりスノーシューの方がいいんだろうけど……持っていける荷物には限界があるからね。ま、最低限これは必要かな」
「わかりました。じゃあ、それをください」
店員さんが最低限と言ってあつらえてくれたものは全て買った方がいい気がしたので、私はふたつ返事でそれらを購入することにした。いままで倹約を心掛けていたこともあって、お金はなんとか足りた。
ずいぶん軽くなった財布を見ながら溜息をついた私を見て、店員さんはきょとんとした表情をつくる。そして全てを察したらしく、苦笑気味に笑いながらこう付け加えた。
「こいつをおまけしてやるから、元気だしな!」
買ったばかりの商品の上に、新品のゴーグルが置かれる。「吹雪の時とか雪の照り返しのひどい時とか、なにかと役に立つはずだよ」と言って、人の好さそうな笑みを浮かべる店員さん。私は彼女に深々と頭を下げてお礼を言った。
今回買った雪山登山の道具はかさばるものが多く、私の鞄にすべては入らなかった。店員さんの助言に従って、マジックテープを使ってワカンを鞄に巻き付けて止め、ピッケルは折りたたんだ状態で鞄に入れて、その頭を出したまま閉められるところまでファスナーを閉めることで対応した。
店員さんは「これを機に鞄も新調したら? サービスするよ」と言ってくれたけれど……。私はよくよく考えてその申し出は断ることにした。旅を始めた頃よりも体力もついたし、今ならもう少し大きな鞄にしても問題なく旅ができるかもしれない。でも、この鞄はデンジと一緒に選んだ思い出の鞄だった。中身は旅の中で入れ替わることはあっても、この鞄だけは手放したくなかったのだ。
「なにからなにまで、本当にありがとうございました」
最後にもう一度お礼を言って頭を下げると、店員さんは「いいのいいの」と言ってあっけらかんと笑った。
「私、登山が好きなんだ。だから登山用品置いてるんだけど、この辺ってあんまり登山向きの山、ないでしょう? だから久しぶりのお客さんで嬉しかったんだよ」
その笑みはテンガン山で出会った山男さんたちを思い出させる、気持ちのいい笑顔だった。
お店の中をよく見れば、どこの街でも見慣れた商品のポスターに交じって山の風景や山頂からの景色の写真が何枚か飾られているのに気付いた。
山を愛する人たちはみんな明るくていい人たちなんだなあ。私はそう思いながら再度お礼を言い、重くなった鞄を携えてお店を後にした。
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