再会の喜びを存分に分かち合った私たちは、ジュンくんがふと放った一言でここに来た意味を思い出した。
「あれ、そう言えばじいさん、なんで俺たちを呼んだんだ?」
そうだった。私のせいですっかり話が逸れてしまっていたけれど、ジュンくんとヒカリちゃんはナナカマド博士に呼ばれてここに来ていたんだった。
ナナカマド博士は「そうだな、そろそろ始めるか」と言って調子を整えるように咳払いをすると、落ち着いた声で話し始めた。
「さて。今日きみたちを呼んだのは、私の研究を手伝ってほしいと思ったからだ」
ナナカマド博士の研究といえば、確かポケモンの進化が専門だった記憶がある。もうすっかり昔のことな気がするけれど、204番道路で初めてギンガ団と対峙したとき、ポケモンの進化のエネルギーを利用しようとしていた彼らがナナカマド博士に研究成果を渡すよう詰め寄っていたことはよく覚えている。
博士は現在の研究内容について、私たちにもわかるように噛み砕いて教えてくれた。博士は、ポケモンを進化する種としない種に分けて比較研究を行うことで、相対的に進化の意味を解き明かそうとしているのだという。
「進化するポケモン、しないポケモン。何が違うのか?
生き物として未熟なポケモンが進化するのか。ならば進化しないとされる伝説のポケモンは生き物としての完成形か?」
博士の言葉に静かに耳を傾けるコウキくんとは対照的に、ジュンくんは小首を傾げている。どうやら、博士の話は少し難しいらしい。ジュンくんの表情に気付いた博士は、小さく咳払いをしてから「そこでだ」と前置きして、こう続けた。
「シンオウ地方にあるみっつの湖には、伝説のポケモンがいるという。
それを見ることができれば、ポケモンの進化についてなにか分かるかもしれん。
きみたちに、湖のポケモンを探してポケモン図鑑に記録してきてほしいのだ」
ポケモン図鑑と言えば、博士の研究のためにコウキくんが持っていたのを思い出す。どうやらヒカリちゃんやジュンくんも、図鑑を持って旅をして博士の研究を手伝っているようだ。
それを聞いた私の脳裏に、ナナカマド博士の立派な研究所が思い浮かぶ。たくさんの機械と、その中で働いていた多くの大人たち。どうして彼らじゃなくて私たちの様な子供に研究を手伝ってもらっているんだろう、という疑問が浮かんだが、その答えはすぐにわかった。
「伝説のポケモンの調査には、トレーナーとしての優れた腕が必要になるだろう。研究所の職員たちには少しばかり荷が重い……。手伝ってはもらえないだろうか?」
ナナカマド博士からポケモンを貰った私たちに、博士からのお願いを拒むつもりなんてないに決まっている。なのにこうして真摯に話をして、私たちの判断を尊重しようとしてくれるのが、子供ではなくひとりのトレーナーとして認められているようで嬉しかった。
返事はもちろん決まっていた。私の旅のはじまりを見守ってくれたその優しい眼差しに報いたいと思った。
私は「もちろんです。私にできることがあればさせてください」と意気込んで言う。
それにコウキくんが続いた。「これでポケモン図鑑が更に充実すれば博士の研究が進みます。助手として当然です」と満面の笑みで答える。
「伝説のポケモンなら、優れた腕のトレーナーに任せるしかないもんな!」とまんざらでもなさそうな表情で言ったのはジュンくんだ。
ヒカリちゃんはちょっと間を置いてから「バトルはちょっと自信ないかもだけど……でも、もちろん私も手伝いたいです!」とその大きな瞳を意気込みで輝かせて答えた。
「……うむ、ありがとう」
ナナカマド博士はどこか感慨深そうにそう呟いて、静かにその瞼を閉じる。
この時、博士が何を考えていたのかはわからない。しかし、その語尾が僅かに震えていたのに気付いた私は、博士の深い思いの一端に触れた気がして、なんだか背筋が伸びるような思いがしたのだった。
それからナナカマド博士はみっつの湖の担当をてきぱきと割り振った。
研究所からも近いシンジ湖はコウキくんと博士が、最も険しい道のりのエイチ湖はジュンくんが担当することになった。
私はというと、ヒカリちゃんと一緒にリッシ湖に行くことになった。バトルが少し苦手と言ったヒカリちゃんを気遣った博士の采配だということはすぐにわかった。ヒカリちゃんは少し安心したよう「ナマエちゃんと一緒でよかった。これからよろしく」と言ってくれた。私もそれに「うん。よろしく」と返して、どちらからともなく笑い合った。
「では、よい報告を待っているぞ」
ナナカマド博士はそう言って、私たちを見送ってくれた。
真っ先に図書館を飛び出して行ったのは当然ジュンくん。私とヒカリちゃんは、博士とコウキくんに別れの挨拶をしてから、彼に少し遅れて図書館を後にする。
図書館脇のベンチに座って、私たちはどうやってリッシ湖に行くかを相談した。私は自分のポケモンを簡単に紹介して、移動の時は主に徒歩か、風の様子を見てフワライドに空を飛んでもらっていることを説明する。
一方ヒカリちゃんは、陸路の場合は自転車を使っているらしい。そう言って彼女は自分の脇に止めてある、ピンクと白の配色が可愛らしい折りたたみ自転車を示した。
「それから、空を飛ぶときは、この子にお願いしてるの」
そう言ってヒカリちゃんがボールから繰り出したのは、ふわふわした純白の綿毛が美しいチルタリスだった。
「今日は確か西に風が吹いてるんだったわよね? フワライドじゃ道のりは厳しいと思うし、私のチルタリスに一緒に乗って行こうよ」
屈託のない笑みでそう言ってくれたヒカリちゃんの好意に、私は甘えることにした。早く湖に行って博士の役に立ちたかったのはもちろんだが、それ以上に、私もあのふわふわの綿毛に乗ってみたいと思ったのだ。
「これなら、リッシ湖まであっという間だね」
私はよく手入れの行き届いたチルタリスの白い翼をそっと撫でながら、軽い気持ちでそう言ったのだが、それを受けてヒカリちゃんがなにやらもごもごと口ごもる。「どうしたの?」と尋ねると、彼女は少し申し訳なさそうにしながら、実は明日は週に一度のコンテストの日なのだということを教えてくれた。
「コンテスト、出たいなー。……なんて」
ヒカリちゃんのコンテスト姿は今でもよく覚えている。たくさんの照明を受けて、誰よりも輝いていた彼女の笑顔。母親のようなトップコーディネーターになりたい彼女にとって、今は一回一回の大会がなによりも大切なはずだ。
私の返事はもちろん決まっていた。きっと博士もこう言ってくれるに違いない。
「コンテスト、出ようよ! 私もまたヒカリちゃんとポケモンたちの演技見たい」
コンテストは週に一度しかないけど、湖は逃げないよ。そう言って笑うと、ヒカリちゃんもつられるように笑ってくれた。
[ 172/209]← →