ヒカリちゃんとお話をしているうちに夜は更けて、どちらが先ともなく私たちは眠ってしまっていたようだ。
そんな私たちの静かな眠りを吹き飛ばす大きな爆発音が鳴り響いたのは、ナゾノクサも眠る丑三つ時のことだった。
リッシ湖を囲む森を揺るがす轟音で、私たちは文字通り飛び起きた。地を揺らし、空気を痺れさせるような低く激しい音が、森を駆け抜けて木々に反響する。
そのおどろおどろしい響きに訳がわからずパニックになるヒカリちゃんの手を、私はほとんど反射的に強く握った。彼女に落ち着いてもらいたかったのが半分。もう半分は、自分を落ち着けるためだった。ヒカリちゃんの体温が指先から伝わってきて、私の焦りを少し落ち着けてくれた。
少し冷静になれた私は、枕元に置いていたボールホルダーを引き寄せながら周囲を窺う。
はじめは野生のポケモンに襲われているのかと思ったが、それは違うとすぐにわかった。なにか、森全体が騒がしい。
ヒカリちゃんもこの異変を感じ取っているらしく、手早く身支度を整えると、周囲を窺って「なんだろう、この感じ……」と、言いようのない違和感にわずかに顔をしかめている。
「ヒカリちゃん、様子を見に行こう」
「そうね」
私たちはそっとテントを出て、周囲を見回してみる。
すると、湖の方の茂みから突然、ビッパとムックルの群れが飛びだしてきた。
わっ、と驚きの声を上げた私たちには目もくれず、甲高い声で鋭く鳴き交わしながら南の方に駆け去ってゆくたくさんのポケモンたち。
その異様な光景に言葉を失ってしまった私の耳に、聞き慣れたゴーストの声が聞こえてきた。湖の方からやって来るムックルの群れの向こうから、ガスの体がすっと現れる。私は緊迫した状況の中、とりあえず彼と再会できたことを喜んだ。私が差し出した手の中に、彼はすっと帰ってくる。そして、その指先でポケモンたちが逃げてくる森の奥――リッシ湖の方をさして、彼にしては珍しい焦ったような声で鳴いた。
彼の声に弾かれるようにそちらに視線をやった私たちは、絶句した。湖の方向の空が、揺らめくようなあかがね色に照らされて怪しく輝いていたからだ。そのあちこちから、黒い煙が筋状にぼんやりと立ち上り始めている。
火事だ。そう理解した瞬間、私とヒカリちゃんはどちらともなく駆け出していた。逃げ惑うポケモンたちの流れに逆らってたどり着いたリッシ湖のほとり。そこでは、赤い炎があちこちで立ち上っていた。ぱちぱちと音をたてる火種が木々の枝葉に燃え移り、ごうごうと音をたてて燃え広がってゆく。
どうしてこんなことに。私はこの状況に顔をしかめながら、急いでゴルダックをボールから出す。即座に状況を理解したゴルダックは、燃え盛る炎に向かって水鉄砲を放った。ヒカリちゃんも同じくポッチャマを繰り出すと、同じく水鉄砲を指示する。彼らの技の威力は強力だが、しかし、燃え盛る炎の勢いに対してあまりに多勢に無勢だ。火の手は弱まる気配を見せない。
どうしよう。どうすればいい。腹の底から湧き上がってくる焦りのまま、ぎりっと奥歯を噛みしめたその時。私の背後でがさりという物音が聞こえた。
振り返った先にいたのは、1体のビーダルだった。茂みの向こうからひょこりと顔を出した彼が、大きな声で鳴く。するとそれに応えるように茂みの向こうから次々とビーダルの仲間たちが現れた。そして、彼らは燃え盛る炎に向かって次々に水鉄砲を放ち始めた。
少し遅れて南の方からやって来たブイゼルの群れが、ムックルたちの背に乗って現れたカラナクシが、ビーダルと同じように放水を行う。木々の根元では、イシツブテたちが砂や泥を使って火の粉が草むらに燃え移るのを防いでいた。
湖のほとりに生きるポケモンたちが、一丸となって森を守ろうとしている。彼らの意志が、生まれたこの森を生かそうとする強い思いが、私たちの力になっていくのを感じた。
ゴルダックとポッチャマがお互いに目配せをして、頷き合う。そして、私とヒカリちゃんの方を向いて力強く鳴いた。ここは任せて先に行け、そう言っているのだとわかった。
この先――リッシ湖に、この火事の原因がある。
先程の爆発音、その爆心地はきっとここじゃない。それを突き止めなければならないと思った。
私は野生のビーダルたちと協力して消火を続けるゴルダックたちを一瞥してから、ざっと踵を返した。ヒカリちゃんと一緒に燃え盛る森をひた走り、やがて湖を一望できる高台にたどり着いた。
ここがかつて、金色の霧がたなびくリッシ湖を見た高台だということに気付いた次の瞬間、私は自分の視界に飛び込んできた光景に、ただただ言葉を失った。かつてそこにあった静かな、そして美しい青を湛えた湖面。それが、全てなくなってしまっていたのだ。
干上がり、えぐれてしまった剥き出しの湖底。そこで力なく跳ねているコイキングたち。乾いた音をたてて燻る草むら。そして、その間でせわしなく動き回る、揃いの浅葱色の髪をした人影たち。
考えるまでもない。先程の轟音は、この湖を爆心地とした大爆発だったのだとわかった。湖を吹き飛ばして巨大なクレーターを作り、その熱波で森を焼き、たくさんの命を危険にさらした。それを起こしたのは、ギンガ団に違いない。
ノモセ湿原の爆発が私の脳裏をよぎる。おそらくこれは、あの時と同じ爆弾だ。しかしその威力は桁外れに大きくなっていることから、ノモセの爆発は今日ここでリッシ湖を吹き飛ばすための実験だったことが窺えた。
「……え、どうして?」
私の隣で、ヒカリちゃんが震える声でそう呟いた。
私は言葉を失ったまま、かつてリッシ湖だった場所を呆然と見つめる。そして、ぎゅっと拳を握りしめた。
もう一度会いたいと願ってやまない、水色の髪の男の面影が頭の片隅に蘇る。あなたたちは、争いのない平和な世界を創ろうとしているんじゃなかったのか。シンオウの人々が大切にしている湖を、そこにいるポケモンをこんなに傷付けてまで創る世界って、一体何なんだ。
気付いた時には、地面を蹴っていた。湖を一望できる高台から、私は剥き出しの湖底めがけて跳んでいたのだ。背後でヒカリちゃんが私を呼ぶ声が聞こえたが、私はそれを置き去りにしてフワライドのボールを抜き出す。眩い光を散らして現れた彼の腕をぎゅっと掴んで、「下に降りて!」とお願いした。
フワライドは滑空しながら空気をしゅーっと抜いて下降してゆく。そして、私たちはギンガ団の下っ端たちの真ん中に着地した。靴の裏で、かつて湖底だった土の地面が湿った音をたてた。
突如現れた私に気付いたギンガ団員たちがざわめいてこちらに集まってくる。なにごとだ、とか、例の子供だ、とか、そんなことを口々に言いながら、私の周囲に足止めのつもりなのだろう人垣を築いた。
「……ここで何をしているんですか?」
私は少し考えて、努めて静かにそう尋ねることにした。まずは対話。でないと何も始まらないことを、私はこの旅で学んでいた。しかし彼らは私の質問には答えてくれなかった。
「お前にはなんの関係もない」
「あなたもコイキングみたいに跳ねさせてあげるわ!」
そう言ってボールからデルビルやゴルバット、ドーミラーを繰り出して口々に攻撃を指示した。彼らの攻撃が迫る。
私を着地させて自由になったフワライドと、私のすぐ後ろをついて来ていたゴーストが素早く動き出しているのを感じながら、彼らにシャドーボールを指示した。攻撃同士がぶつかり合って派手な煙を上げ、戦いが始まる。
軍配はすぐに私たちに上がった。出すことのできるポケモンがいなくなったしたっぱたちは散り散りに逃げてゆく。
その背中の向こうに、小さな山のような地形があるのが目に留まった。
爆発でえぐれた湖底の中で、その山だけが爆発の圧力に耐え抜いたのだということを即座に悟った私は、ほとんど反射的にその山に向かって足を踏み出していた。
どうしてかはわからないけれど、その今まで湖底に沈んでいたであろうその小山に、ひどく惹かれたのだ。私は何かに導かれるようにして、そちらに進んでいった。
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