覚悟はできていたはずだった。
でも、どんなに覚悟していても、いずれこうなるってわかっていても、湧き上がってくる悲しみをおさえる方法はないのだということを私は知った。
この幹部の男の言葉――「ゴーストを連れた子供と出会ったら、その子供が二度と私の前に現れることがないようにしろ、と言われている」というのはつまり、あの人はもう二度と私に会いたくないと言っている、ということではないか。
考えるまでもなく、はっきりと拒絶されたのだとわかった。
頭では、それでも前に進まなきゃいけないってわかってる。
――でも、それで悲しみがなくなるわけじゃない。何とかしてこの悲しみを乗り越えないと。そう思えば思うほど、どうしてだか心が重くなっていく。
私はあの人に会って、話をして、あの瞳の奥にあるものを知りたかった。そして、それと同じようにあの人も私のことを知りたいと思ってくれているのだと感じていた。しかし、それは傲慢な私の勘違いだったのかもしれない。あの人にとって迷惑でしかなかったのかもしれない。そう思うと、なんだかもう、ただ虚しかった。
めまいがして、心臓がどきどきと嫌な音をたてて鳴っている。呼吸が乱れそうになるのを必死で堪えながら、私はただ「そうですか」とだけ返事をした。頭も心もいっぱいいっぱいで、もうそれしか言うことができなかった。
そんな私の眼前で、幹部の男がボールを放る。あの人の指示で、私を倒すために。
ボールから現れたのは、ドクロッグだった。青い体に映える喉元の真っ赤な毒袋がごぼごぼと音をたててこちらを威嚇する。
戦わなきゃ。頭ではそう思うものの、やっぱり心がついてこない。
私は自分を奮い立たせるために両手を強く握り込む。気持ちを切り替えようとしたのだけれど、それでは全然足りなくて。私とドクロッグの間に体を差し込みながら鋭く鳴いたゴーストの声も、今は不思議なほど遠い。
もう楽になりたい。頭のどこか隅の方で、そんな考えが僅かに持ち上がった。
こんなに悲しい思いをして、あの人に望まれもしない旅を続ける意味を、私は見失ってしまっていた。これじゃだめだ、と思いながらも、私は自分の失望を止めることができない。思わず目頭が熱くなる。じわりと両目に涙が滲んだ。
もしもここで泣いてしまったら、きっと私の旅はここで終わるんだろうな。私は頭の奥の方で、どこか他人事のようにそんなことを考えていた。きっと涙と一緒に胸の内に押し止めていた感情が流れ出てしまって、旅の動機も、あの人に対する想いも、いろんな感情が目減りするんだろうってわかった。
……そうすれば、きっと楽になれる。あの人への想いが少なくなれば、たぶんこんなに辛くない。少しの悲しみなら、抱えて生きていくことだってできるだろう。そうして旅を止めてしまえば、あの人に望まれもせずただ悲しむ自分を直視しなくてすむ。
でも。それでも、私は。そうなんとか抗おうとする私を、しかし大きな絶望は簡単に覆いつくしてしまう。
そして、ついに私の瞳から涙の雫がこぼれ落ちようとした、まさにその時だった。
固く握った私の右手を、暖かい掌がそっと包み込んでくれた。
はっとしてそちらを振り返る。そこにいたのはヒカリちゃんだった。彼女はその愛らしい大きな瞳が印象的な顔を僅かに歪めて、私のことを見つめていた。その眦の優しさから、その掌の暖かさから、彼女が私のことを心配してくれているのだとすぐにわかった。
彼女の触れているところから、ゆっくりとその暖かさが私の体へ広がってゆく。例えるならそれは、柔らかな太陽の光に似ていた。その光が虚しさでいっぱいになっていた私の心をそっと照らす。
それと同時に、私の悲しみにそっと寄り添うように広がってゆく彼女の体温は、私に大切なことを思い出させてくれた。
そうだった。私はなにもあの人に気に入られたかったわけじゃない。たとえ敵になっても、拒絶されても、私はあの人の碧い瞳の奥にあるものを知りたい。知って、それに寄り添いたいと思って、旅をしてきたのだった。
私は自分の胸に絶望すら優しく許容する暖かな感覚が広がっていくのを感じながら、彼女の手をそっと握り返す。そして、「ありがとう」と呟いた。
かつてリッシ湖の霧が晴れていくのを見た時の様に、自身の迷いが晴れていくのがわかった。
そうだ。私は、ただあの人に会いたいのだ。べつにそうして得られるのが喜びでなくてもいい。悲しみや絶望だって、あの人がくれた大切な感情のひとつだ。
あの人が私を拒絶するなら、今はそれでいいのだと思った。この胸が痛みを感じる方に、きっとあなたがいる気がするから。
[ 177/209]← →