ギンガ団の幹部の男は、私の隣にヒカリちゃんが並んだのを見て、ドクロッグの横にゴルバットを呼び出した。
一方、ヒカリちゃんは私のゴーストの隣にパチリスを繰り出して、それから私の方に視線を向ける。私はそれに、小さく頷いて応えた。心配させてごめんなさい。おかげでもう大丈夫。そんな私の思いはしっかり伝わったようで、ヒカリちゃんは安心したように小さく笑うと、すぐにドクロッグたちの方に向き直った。
一瞬の沈黙の後、先に動いたのは相手のゴルバットだった。怪しい光を発してこちらの動きを乱そうとする。しかしそれは不発に終わった。パチリスのフラッシュが、怪しい光を掻き消してしまったからだ。パチリスの放った青い鮮烈な光はあたりを照らし上げ、ドクロッグたちを一瞬ひるませる。
その隙をついてゴーストがドクロッグとの間合いをつめると、その横面にシャドーパンチを打ち込んだ。そしてそのままゴルバットにほとんどゼロ距離からシャドーボールを放つ。
「パチリス、スパーク!」
「ドクロッグ、騙し討ち」
パチリスは相性のいいゴルバットに狙いを定めて攻撃を繰り出す。それを見て、幹部の男はゴルバットからはあっさり視線を外すと、ドクロッグにのみ集中して指示を出すことにしたようだ。
ドクロッグは強靭な足に力を溜めてのびやかに跳躍すると、ゴーストの正面に躍り出た。そしてそのリーチの長い手を使ってゴーストを攻撃した。ゴーストはガス状の手を相手の拳の前に構えて、衝撃を和らげる。それからすぐにその手をほどいて相手の両手を掴むと、無防備になった相手のことを正面からべろりと舐めあげた。
ドクロッグの顔が不快そうに歪む。彼は自由な両足を持ち上げてゴーストと自分の体の間に差し込むと、ゴーストのことを蹴り飛ばすようにして拘束から逃れた。顔をしかめたドクロッグを見てからからと笑うゴースト。それを見たドクロッグの毒袋が興奮したように膨らむ。そしてドクロッグはトレーナーの指示も待たずにゴーストめがけて一直線に突っ込んできた。
もしかして、あれはゴーストなりの挑発だったのだろうか? そんなことを考えながら、私はゴーストにシャドーボールをお願いした。直線的な軌道でこちらに突っ込んでくるドクロッグにそれは正面から命中する、はずだった。
結果から言うと、ゴーストのシャドーボールも、ドクロッグの毒突きも、それぞれ相手には当たらなかった。なぜなら、両者の攻撃の軌道の真ん中に、あの幹部の男がドーミラーを繰り出したからだ。
現れると同時に鉄壁を使って耐久を強化したドーミラーは、ゴーストたちの攻撃を受けてなお戦う余力が残っているようだ。その防御力に感心しながら、しかし私はどうしてこんな危ない場所にわざわざドーミラーを繰り出したのかわからず幹部の男の方を見遣る。
彼は自分のせいでダメージを負ったドーミラーには目もくれず、ドクロッグに「安い挑発に乗るな」と言って彼をたしなめているところだった。どうやら、挑発を受けて視野が狭くなっていたドクロッグをシャドーボールから守り、正気に戻すためにドーミラーを犠牲にしたようだ。
確かにドクロッグの攻撃は強力だ。後に残すポケモンを選んで別のポケモンに攻撃を受けてもらう――勝利にこだわるなら、これは合理的な戦い方なのかもしれない。
でも、ドーミラーに声もかけないなんて、私は納得できなかった。私の憤りを感じ取ったらしいゴーストが、ドクロッグとドーミラーに向かって低く鳴く。お前たちはそれでいいのか? そんな問いかけに、ドクロッグは不敵に笑んで応える。そして当のドーミラーはというと、ギンガ団に使役される他のポケモンと同じくこちらへの敵意を剥き出しにしてそれに応えた。
同じトレーナーのポケモンである彼らのこの振る舞いの違いはなんなんだろう。それを考えた私は、ひとつの仮説にたどり着く。もしかしてドーミラーは、今までもこうして捨て駒の様に扱われてきたのではないだろうか。言葉も愛情もかけられず、負け続けたドーミラーがドクロッグと自分を比べたとき、自分が愛されないのは自分が弱いからだと思ったとしたら。こうして敵意を剥き出しにしてこちらに向かうのは、ひとえにトレーナーに認めてもらいたいからなのだとしたら。
そんな私の仮定を裏付けるかのように、この人はパチリスのスパークを受けて目を回してしまったゴルバットに舌打ちをしてからボールに収めた。
その所作は、これまで目にしてきたほとんどのギンガ団員の姿と重なった。
今まで対峙してきたギンガ団のポケモンたちも、不自然なほどこちらに敵意を燃やしていたけれど……。これがその理由なのだとしたら。私はもう、ギンガ団のポケモンをむやみに傷付ける戦い方はできない。そう思った。
「ゴースト、私……」
これから自分を危険にさらして戦ってくれる相棒になんと声をかけたものか逡巡していると、ドクロッグのことを牽制するように見据えていたゴーストが小さく一度鳴いた。おそらく、彼も相手の様子を見ていて同じようなことを考えていたのだと思う。「わかってる」というように短く鳴いてこちらに穏やかな視線を向けると、彼はそのままドクロッグの方に視線を向け直した。
睨み合うこと、数秒。先に動いたのはギンガ団の男の方だった。彼はドクロッグに泥爆弾を指示した。遠距離からこちらの体勢を崩したところで距離をつめて、一気に蹴りをつけるつもりなのだと手に取るように分かった。それから、こちらが攻撃をすればドーミラーを盾にするであろうことも。
「ゴースト、シャドーパンチ!」
私の指示を受けたゴーストが相手に向かって勢いよく飛び出す。放物線状に投げられた泥爆弾の間合いの内側に入ると、すかさずドーミラーに盾になるよう男が声を張り上げる。ゴーストの正面に現れた無防備なドーミラー。
「今よ、催眠術!」
私の声を受けて、ゴーストはその拳をふっとほどく。そして代わりに怪しげな手つきでもってドーミラーを眠りの世界に誘った。
ほどなくしてくすんだ緑色の体がふっと地面に落ちる。彼が今だけは安らかな夢を見ていることを願いながら、私はギンガ団の男に視線をやった。彼は少したじろいだように一歩後ずさり、しかしすぐに体勢を立て直す。
「ギンガ団を邪魔するなら、どんな可能性でも潰す!」
半分は自分に言い聞かせるようにそう言って、彼はドクロッグに毒突きを指示した。またも直線的な攻撃。
私は隣のヒカリちゃんにドクロッグを足止めできないか聞いてみる。彼女はその口角をきゅっと持ち上げて自信に満ちた笑みを作ると同時に、パチリスにスピードスターをお願いした。きらきらと輝く五角の星たちがドクロッグの行く手を遮った。たまらず足を止めた彼のもとに、上空からゴーストが渾身の力で突っ込んでいく。
「ゴースト、恩返し!」
そして次の瞬間、ゴーストの攻撃が決まり、辺りに激しい土煙が舞った。
ややあって、煙が晴れた先には、立ちすくむドクロッグの足元に拳を突き立てているゴーストの姿があった。彼は私の思いを汲んで、ドクロッグからわずかに攻撃を外してくれたようだ。彼が視線を持ち上げてドクロッグを睨みつけて驚かすと、すっかりひるんでしまった彼は腰を抜かしたようにその場に尻もちをついた。
勝負はついた。そう感じた私は、ゴーストを呼び戻す。そして彼のことを労うようにそのガスの輪郭をそっと撫でた。
向こうではヒカリちゃんがパチリスの頭を二度撫でてから、彼女をボールに収めている。
一方のドクロッグは、なんだかぼうっとしたような、珍しいものでも見るような眼差しで私たちのことを見つめていた。
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