ナマエちゃんのポケモンが強いことは知っていた。以前、彼女と一緒にトバリの倉庫街でギンガ団に盗まれた図鑑を取り戻した時、彼女のポケモンの力とそれを存分に引き出す戦い方に本当に助けられたのはよく覚えている。

だから、彼女ならきっとギンガ団を倒してくれると信じていた。
信じていたけれど……。僕と同じ時期にポケモンを持った同い年の女の子がまさかここまでギンガ団の、それも幹部構成員を圧倒するだなんて、誰が予想できただろう。

僕のポケモンを追い込んだニャルマーたちの妨害や奇襲も、彼女はもろともしなかった。特殊攻撃を下げられたゴーストは補助技の呪いと持ち前の素早さでゴルバットを翻弄し、元来攻撃の得意でないサマヨールでブニャットを果敢に攻める。
彼女のその機転と、それに応えられるよう育て上げられたポケモンに、僕は素直に感心する。
しかしそれと同時に、僕は小さな違和感を覚えた。マサゴタウンで初めて出会った時の彼女のあどけない笑顔。その印象からは、とても強さを求めて修行に明け暮れるようなタイプには見えなかった。そんな彼女が、どうしてここまで強くなったんだろう。

そんな僕の脳裏に、かつて204番道路でナナカマド博士の研究成果をよこせとギンガ団に詰め寄られた時のことが思い浮かんだ。たまたま通りかかったナマエちゃんと共闘してギンガ団を追い払った輝かしい記憶の向こうに、逃げ去っていくギンガ団のしたっぱを追いながら懇願するように「待って」と息を切らしていた彼女の背中があったことを思い出した。

今にして思えば、だけど。彼女はその旅の初めからギンガ団に関わろうとしていたのかもしれない。
トバリの倉庫街でのことも、きっとそうだ。したっぱの男に羽交い絞めにされながら見事な護身術で男の腕から抜け出して形勢を逆転してみせたけれど、それだって、彼女がギンガ団に関わるために必死で身に付けた力のひとつだったのだろう。

単なる仮定に過ぎなかったその考えは、しかし彼女との思い出を注意深く遡っていくにつれてどんどん真実味を帯びていく。

どうしてナマエちゃんがそんな道を選んだのか、それは僕にはわからない。
ただ、彼女を修羅の道に引き込んだであろうギンガ団に対して、言いようのない憤りを覚えた。他人に対する暴力や恫喝。勝つためならばひとりのトレーナーを複数の団員で囲んで袋叩きにすることも厭わない卑怯な戦い方。そのせいで彼女は、しなくていい苦労をしているのだと思った。そして傷付かなくてもいいはずのことで傷付き、悲しんできたに違いないと思った。

ブニャットの鋭い声を合図に、周囲に控えていたニャルマーたちが一斉にサマヨールに向かって距離を詰め始めた。袋叩きというプライドのかけらもない戦い方に、思わず僕の口から「卑怯だぞ!」という声が漏れ出る。
頼むから、そんな戦い方はやめてくれ。そうして彼女を追いつめるのをやめて欲しかった。

そんな僕の視線の先で、ナマエちゃんがゆっくりとこちらを振り返る。
彼女は、その碧い瞳に穏やかな、しかし強く輝く意志を宿して「大丈夫」と僕にささやきかけた。なにが大丈夫なもんか。そう思った僕に言い聞かせるように、彼女はぞっとするほど優しい声で「大丈夫」と繰り返した。

その声色と、ナマエちゃんのどこまでも冷静な瞳が僕の心の奥をぞわりと粟立たせたのは一瞬のことだった。彼女はそんな僕のことを真っ直ぐに見つめながら、「博士をお願い」と続けた。その瞳の冷静さと、その奥で輝く自信に満ちた強い光から、僕は彼女に逆転の一手があることを悟る。

彼女の力強さと優しさが宿るその複雑な眼差しに促されるまま、僕は小さく頷く。そしてすぐさま踵を返して博士の方に向かって駆け出した。
博士の両脇にいたギンガ団の下っ端団員がこちらを警戒するように身構えたのと、駆け出した僕の背後から「地震」という彼女の囁くような声が聞こえてきたのがほぼ同時。

そして、一瞬の静寂の後。低い地鳴りのような音が足元から立ち上ってきたと思った次の瞬間、地面がぐらぐらと揺れ始めた。夜明けの前の森の木々からムックルたちが一斉に飛び立ち、シンジ湖の湖面が嵐の海のように波立つ。

縦揺れと横揺れを合わせたような、めちゃくちゃな揺れだった。博士の両脇にいたギンガ団の下っ端たちが、躍動する地面に弾かれるようによろめき、倒れていく。

「博士!」

僕はなんとか博士のもとにたどり着くと、その場に一緒にしゃがみこんだ。そんな僕たちの隣に、瀕死の傷を負っていたハヤシガメが最後の力を振り絞るように近付いてきて、僕らのことを守るように寄り添ってくれる。
僕は博士と一緒にハヤシガメの背中に掴まりながら、視線だけでナマエちゃんのことを見遣った。激しい揺れの中、その両足でしっかりと大地を踏みしめて立っているその背中は、不思議なほど大きく見えて。

その刹那、僕は唐突に理解した。彼女はもう、僕が出会った日の彼女ではないのだということを。
ナマエちゃんは、強くなったのだ。僕が思い描いたような傷付き悲しむ日々なんて、もうすでに通り過ぎてしまっているのだと思う。傷付くことと引き換えに手に入れたその強さで、彼女はこれからもこの道を進んでいくつもりなのだろう。

友人の成長は喜ばしいことのはずだ。だが僕は、どうしてだかそれを手放しで喜べないでいた。
見つめる先の、彼女の背中。どうしてだかその背中が僕の手の届かないところにいって、そしてそのまま消えてしまいそうな気がして仕方がなかったのだ。


[ 182/209]



ALICE+