久方ぶりに入ったテンガン山の中は、以前と変わらないじわりとした暖かさで満ちていた。地熱の恩恵を感じながら、洞内に点々と灯る電灯に沿って複雑な道を進んでいく。
テンガン山の内部には不思議な磁場が形成されているため、中では一般的な方位磁石で進行方向を確かめることができないのだと、つい先程のやまおとこさんが言っていた。だから絶対の自信や余程の事情がない限りは、電灯の灯る主洞を外れてはいけないのだという。
私は試しに方位磁石を取り出して、それを持ったままゆっくり進んでみる。はじめは左手側を北と示していた針が、すぐに戸惑うように揺れ始めた。たった数歩進むうちに針はくるりと回転し、今度は真逆を北と示した。
テンガン山が天然の迷路と言われているのは洞窟が複雑に入り組んでいるからだと思っていたけれど、どうやらそれだけが理由ではないようだ。私は方位磁石を鞄にしまい込むと、電灯の導きを見失わないようにしながら洞窟の中を進んでいった。
ポケッチをこまめに確認して時間の感覚を失わないように努めながら、時折飛び出して来るアサナンやゴルバットとバトルをしつつ進んでいく。
すると、ゆく手にかつてカンナギ側からテンガン山に入ったときに道を塞いでいたのとよく似た白っぽい大岩がいくつも現れた。以前は引き返すことしかできなかったけれど、今の私にはゲンさんから貰った怪力の秘伝マシンと、ミオジムのマインバッジがある。私は早速サマヨールを呼び出すと、彼に怪力をお願いした。
サマヨールはいつもの乾いた声でわかったよと言うように鳴いてから、自身の身の丈よりも大きなその岩に向き直る。そして大きな声で気合を入れるように鳴いてから、その岩に両手をついてぐっと下半身に力を込めた。次の瞬間、岩と地面の擦れる低い地鳴りのような音があたりに響いた。巨石がじりじりと動き始める。
「サマヨール、がんばって!」
私はできる限りの声援を彼に送る。サマヨールはその赤い瞳の奥を輝かせて私の声に応えると、更に腰を落として一気に岩を押し込んだ。そしてそのまま一歩、また一歩と確実に足を進めていく。
私ひとりでは絶対に進めない道を、サマヨールは時間をかけて切り拓いてくれた。最後の一押しをして私が充分に通れる広さの道を作ったサマヨールは、全身に込めていた力をふっと緩めて、自身が押した岩を感慨深そうに見上げる。
私はそんな彼の方にそっと歩み寄ると、ついさっきまで岩を押してくれていた大きな掌に手を添えてお礼を述べた。大変だったよね、お疲れ様。本当にありがとう。
サマヨールは岩に向けていた視線を私の方に差し向ける。そして赤い瞳をゆっくりと明滅させて、長い声で鳴いた。役に立てたのならよかったよ。そう言ってくれているのだと思った。
「うん、サマヨールがいてくれてよかった」
私が微笑みながらそう言うと、彼の瞳の輝きがふっと和らいだ。ヨマワルの頃から変わらない、表情の乏しい彼なりの笑顔だった。私はまだ小さかった頃の彼のことを思い出しながら、すっかり逞しくなったその手を労うようにそっと撫でる。
そして、私は彼をボールから出したまま歩き始めた。
辺りには、同じような巨石がいくつも転がっている。つい先程頑張ってくれたばかりのサマヨールには悪いけれど、きっとまたすぐに彼の助けが必要なように思われたのだ。
私について歩いてくるサマヨールに、ゴーストが声をかける。短い上がり調子の声色は、サマヨールのことを気遣っているようだった。
サマヨールはのしのしと歩きながらそれに軽い声で返事をした。それを受けて、ゴーストも飄々とした声を返す。
大丈夫か?
うん、平気。
そうか、やるな。
彼らの声は、私の頭の中でそんな風に再生された。
そういえば、サマヨールがまだヨマワルだった頃からゴーストは彼のことを気にかけていたなあ。バトルを怖がる彼に声をかけて、先輩としての姿を見せてくれていたっけ。
私は会話を続ける彼らの方を振り返らないようにしながら、小さく微笑んだ。サマヨールが進化してゴーストよりも体が大きくなっても、彼らの関係は変わらない。仲の良い兄弟のような彼らの様子に、思わず笑みがこぼれてしまったのだ。
こんな他愛もない日々が、いつまでも続くといい。私は心の中でそう思いながら、薄暗いテンガン山を進んでいった。
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