サマヨールには、それからも数回、大岩を押してもらった。
流石に彼にも疲れが見え始めたので、今日のところはこの辺りで休むことにした。周囲を見渡して岩壁に小さなくぼみを見つけた私は、そこに今日の寝床を準備する。
エイチ湖への旅は始まったばかり。先はまだまだ長いはずだ。早々にばててしまわないようにしないと。私はゴーストたちと一緒に携帯食料とおいしい水で簡単な夕食を済ませてから、早めに眠りについた。



深い眠りの底にいた私は、不思議な物音でふと目を覚ました。

寝袋の中で覚醒した私は、物音の正体を確かめる間もなくがばっと起き上がった。脳裏によぎったのは、リッシ湖のことだ。もしもまたギンガ団がなにか危ないことをしてテンガン山の自然やポケモンを傷付けていたら大変だと思ったのだ。
私は枕元に置いていたホルダーを掴みながら鋭い声でゴーストを呼ぶ。彼は近くにいたようで、テンガン山の暗闇の向こうから滑るように現れて私の隣に降り立った。

準備万端で寝袋から飛び出した私の目に飛び込んできたのは、テンガン山に設置された薄暗い照明器具の光を浴びて鈍い金色に輝くポケモンの群れの姿だった。彼らはりんりんと美しい声を上げながらおしゃべりに興じていたようだ。

私は一拍遅れて、状況を理解した。
確か彼らは、リーシャンだ。その高く綺麗な鳴き声を好む人は多い。
しかし寝ぼけていた私は、その声を危険な物音と勘違いしてしまったようだ。突然大きな声を出して現れた私に驚いたリーシャンたちは、甲高い声を残して散り散りに逃げていってしまった。

美しい音が響いていたテンガン山に、静寂が訪れる。
私は隣にいたゴーストと目を合わせてから、小さくため息をついて項垂れた。野宿で感覚が敏感になっていたとはいえ、楽しくおしゃべりをしていたリーシャン達を驚かせてしまったのがただただ申し訳がなかった。

私は彼らの澄んだ鳴き声を偲びながら踵を返しかけ――そうしてふと、私の鞄の中にある鈴のことを思い出した。
私は鞄をごそごそと漁って、予備のハンカチにくるまれたそれを見つけた。リーシャンの金色とは対照的な、透き通るような銀色をした小さな鈴。本当に久しぶりに揺すったそれは、私がそれを手にした時と同じ澄んだ音色を奏でた。その瞬間、この鈴を私にくれたモミさんの穏やかな笑顔が脳裏に蘇る。

共にハクタイの森を抜けたのはもうずっと前のことのような気がしたが、モミさんのことならはっきりと思い出せる。薄暗い森を一緒に抜けようと言ってくれた、回復の得意なラッキーを連れた穏やかな女性だった。彼女の優しい笑み。それを想起させる鈴の音が、真夜中のテンガン山に小さく響く。

もしかしたら、この鈴の音に誘われてリーシャンたちが戻って来てはくれないだろうか。そうしてまたみんなでおしゃべりに興じてはくれないだろうか。
私は自分が壊してしまった団欒を取り戻したくて、ただ祈るような気持ちで鈴を鳴らした。

しばらくして、近くの岩陰から1体のリーシャンが顔を出した。
彼女は私の方を警戒するように見つめている。私は敵意がないことを示すようになるべく優しく鈴を鳴らした。穏やかな音が響いた。それに呼応するように、彼女が短く鳴く。高く澄んだ声。私とリーシャンは数度それを繰り返した。そして、最後に彼女はりんと甲高く鳴くと、岩の陰からぴょこんと飛び出してきた。
そのまま彼女は、ぴょこぴょこと飛びはねるようにしてこちらに近付いてきてくれた。彼女が跳び跳ねるたびに綺麗な音がりんと鳴って、紅白のリボンのような部分がぴょこんと揺れる。

そうして私のところまでやって来た彼女は、腰を落とした私の手にぶら下がった鈴をその小さな手で揺らす。
私の鈴と、リーシャンの鳴き声が重なったその瞬間、岩陰のあちこちで高い鈴の音が跳ねた。テンガン山の岩壁に鈴の音が反射して、不思議な響きとなって洞窟を駆け抜けていく。
その大合唱の中、次々とリーシャン達が飛び出して来た。彼らは私の手の中にある鈴を物珍しそうに眺めながら、代わる代わるにそれを鳴らした。私の鈴が鳴るたびに、警戒でいっぱいだった彼らの瞳に安らぎが戻ってくる。
私はそれを見ながら、ほっと胸を撫で下ろした。私のせいで失われていた彼らの日常が戻ってきたのだとわかって嬉しかった。

リーシャン達はひとしきり鈴を鳴らし終えると、やがて何やら言葉を交わし、そのままりんりんと鳴き交わしながらテンガン山にぽっかりと開いた横穴のひとつに向かって進み始めた。
彼らの間でどういう話し合いがあったのかはわからないが、どうやらお別れらしい。私は小さく鈴を揺すって彼らの無事を祈りながら、リーシャンの群れを見送る。

私の鈴の音が聞こえたのか、最後に1体のリーシャンがこちらを振り返った。あの子は、たぶん初めに顔を出したリーシャンだと思う。彼女はその口角を持ち上げてにっこりと笑いながら、喉の奥を震わせて澄んだ声を返してくれた。それからすぐに彼女は私に背を向けると、ぴょんと跳んで暗闇の中に姿を消した。

あなたも無事に山を抜けてね。それじゃ、さよなら。
まるでそう言ってくれている気がして。私は暗闇の向こうから微かに聞こえてくる鈴の音が消えるまで、りんりんと鈴を鳴らして彼らのことを見送っていた。みんなも元気でね。それじゃ、またいつか。


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