ナマエからの電話を切ってしばらくの後、珍しい男から着信があった。
通話開始とともに、つい先刻までナマエの顔があったディスプレイに、眼鏡をかけた男の笑顔が表示される。
爽やかな好青年を絵に描いたような笑顔で、「やあ、」とヒョウタが挨拶をした。
俺は「珍しいな」と言って少し怪訝な表情を作る。すると彼はにこりと笑って、「だめじゃないか」と唐突にこちらを非難した。突然のことについていかない俺の思考なんかお構いなしに、ヒョウタは続けた。
「旅に出る女の子に白いコートなんて着せちゃ」
旅、女の子、白いコート、
頭の中でそれらの単語が瞬時に繋がる。間違いない、ナマエだ。俺は彼女の旅のために、軽くて、丈夫で、彼女に似合う白いコートを買い与えていた。彼女も大喜びでそれを着て、つい先日旅立っていった。
しかし、なぜ、
「……お前、知ってるのか?」
俺の問いに、ヒョウタはあの微笑みで「ああ」とさも当然のことのように答えた。
「ナギサから来た碧い目の女の子と聞けば、ジムリーダーならみんなピンとくるよ」
だって君、すごかったじゃないか。そう言って画面の向こうの男はくつくつと笑った。
すごかった、というその言葉は、一体俺の行いのどれを指して言っているのだろうか。
彼女の旅支度のために、協会に申請して二週間ほど正式にジムを閉めたことだろうか(いつもは勝手にジムを空けているのに)。それとも、持ちうるツテの全てを駆使してナナカマド博士を後見人につけたことか、いや、オーバの野郎を通してチャンピオンからトゲキッスを借りたことを言っているのか、それとも……数え上げれば枚挙に暇がない。
「それがジム運営にも向けばいいのになあ」
「説教なら切るぞ」
不機嫌を隠さずにそう言ったのだが、ヒョウタは、ははは、と軽く笑ってそれを流し、続けた。
「彼女、明日うちに挑戦しにくるよ」
耳を疑った。
ナマエはシンオウを一巡りするとは言っていたが、ジムバッジを集めるなんて一言も言っていなかったからだ。
「一応報告しとこうと思ってね」
驚きを隠せず、画面の向こうの涼しい顔を見つめる。ヒョウタは明日が楽しみなのか、ごくまっとうに微笑んだまま、「じゃあね」と言って電話を切った。
真っ暗になった画面を見ながら、俺は小さく溜息をついた。
シンオウをすみずみまで旅するには秘伝技が不可欠だ。そのためにバッジが必要なのもわかる。
だが、ナギサにいた彼女は、争い事は好まない穏和な少女だった。お遊びならまだしも、バッジをかけてバトルをするところなんて想像もつかない。彼女が踏み込もうとしている世界には、とてもじゃないが不似合いだ。
無事に勝って旅を進めて欲しいという思いと同じだけ、早く諦めて帰ってくればいいという思いがある。
俺は少し自嘲気味に笑ってから、作りかけていたジム改造用の部品に手を伸ばした。
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