霧の大空洞を抜けてからは、目印の電灯はなくなってしまった。この低温のせいで照明器具の寿命があまりに短く、メンテナンスができないからそもそも設置していないのかな。そんなことを頭の片隅で考えながら、冷たい空気の流れてくる方へ道を選びながら進んでいく。
フワライドに空気の流れを読んでもらって道を選び、曲がりくねった洞窟を進みながらもう二度の夜をテンガン山で明かした朝。その瞬間は唐突にやって来た。
寒さが一際強くなったな、と思った次の瞬間、私の視界の先に白く輝く一条の光が見えた。
出口だ、と思った私は、ゴーストと、それからフラッシュで辺りを照らしてくれていたロトムと一緒に駆け出す。そして、その出口に立った瞬間、私はあまりの眩しさに手袋をつけた両手で顔を覆ってしまった。
極力目を細めて視界に入ってくる光を調節しながら、手袋の指の隙間から眼前の光景を確認する。そこには、一面の銀世界が広がっていた。
洞窟の暗闇に慣れてしまっていた私の目は、その白銀の照り返しにびっくりしてしまったようだ。あまりの明暗の差に私の目が順応するにはもう少し時間がかかりそうだ。そう思った私は、一旦テンガン山の中に引き返すと、そこで防寒着と、ミオで買ったワカンを取り出して装備した。そして最後に、ミオの店員さんがサービスしてくれたゴーグルをつける。
万全の装備で、私は216番道路に繰り出した。
ゴーグルが光を調節してくれたおかげで、私はようやく216番道路の様子をきちんと見渡すことができた。さっきはあまりの眩しさに216番道路は快晴なのかと思ったが、なんと天気は雪だった。灰色の雲から大粒の雪が次々に吐き出されて、音もなく216番道路に積もっていく。厚い雲に覆われて届く日光は少ないはずだが、地上の雪と上空の雲の間でその日光は反射し合って私の目を焼いたようだ。
雪の照り返しはきついからゴーグルがあるといいよ、と言って笑っていたミオの店員さんに心の底から感謝しながら、私は周囲に視線を走らせる。
216番道路は、その南北をテンガン山から張り出した山に挟まれた峡谷のような地形をしていた。洞窟の出口から西に伸びる道は、この峡谷をゆるく下っていくようだ。
雪に覆われた峡谷の山肌に沿って視線を上に転じると、南北の山の稜線を繋ぐように木製の吊り橋がかかっているのに気が付いた。その橋の向こう、山の上の方には、スキーをしているトレーナーたちの姿があった。彼らはこの斜面を臆することなく滑り降りていく。途中で現れたユキカブリを鮮やかなカーブでかわして斜面を滑り終わると、スキー板をつけたまま器用に坂を登りはじめた。どうやら、ここはスキーの名所であるらしい。
暖かそうなファーのついた防寒着を着たエリートトレーナーのユウマさんは、バトルの後に216番道路にエリートトレーナーとスキーヤーが多い理由を教えてくれた。ここに広がる厳しい地形と万年雪は修行にもスキーにもうってつけなのだそうだ。それを目当てに、毎日のようにここにやって来るトレーナーがいるのだという。
「こんな厳しい自然の中を、毎日……!」
私はハクタイを出発してからここまでの道のりを思い浮かべながら驚嘆の声をあげる。ここまで来るだけでも何日もかかりそうなものだけれど、慣れると日帰りできるようになるのかもしれない。
白い息をこぼしながら尊敬に満ちた眼差しで山頂のトレーナーたちを見上げていると、ユウマさんはおかしそうに笑ってから道の西側を指差した。しんしんと降る雪で視界はあまりよくないが、どうやらこの先に大きめの山小屋があるらしい。連日ここで修行やスキーをするトレーナーは、宿泊料を払ってその山小屋に泊まっているのだそうだ。
なるほど、毎日ハクタイから来ているわけではなかったのか。それもそうだと思いながら私は大きく二度頷く。するとユウマさんはまたおかしそうに笑ってから、私の旅の無事を祈ってくれた。
「はじめて216番道路を歩くのは大変かもしれないが、がんばって」
「はい。ありがとうございます!」
私はぺこりと頭を下げてお礼を述べてから、彼に背を向けて歩き出す。
彼の言っていたことの意味は、すぐにわかった。常に新雪の降り積もる216番道路。その雪の深さと柔らかさのせいで、私の足は一歩を踏み出すたびに雪の中にずぼっと埋まってしまう。
すれ違ったスキーヤーの女性は、私がワカンをつけているからひざ下まで埋まるだけで済んでいることを教えてくれた。もしも何の備えもしていなければ、腰や胸のあたりまで雪に埋まってしまって、最悪の場合は身動きが取れなくなってしまうこともあるらしい。
身動きがとれない、ということは、そのままその場で氷漬けになってしまうということだろうか? 私は頭を左右に振って怖い想像を振り払うと、一歩ずつ地道に前に進むことに専念した。
ふと気付くと、私の後ろを数体のユキカブリが列をなしてついて来ていた。雪に苦戦するゆっくりとした歩みが珍しいのだろうか。彼らは雪に深く刻まれた私の足跡を指差してふわふわとした声で鳴き交わし、かと思えば短い足を器用に動かして私に簡単に追い付くと、私の周りをひょこひょこと歩き回る。
私は軽快な彼らの動きを見ながら、なるほど、彼らの体は雪深い地域で暮らしやすいようによくできているんだなと感心した。ユキカブリが短い足を一歩前に出すと、すぐに体のおしりの部分が雪に触れる。接地面が大きいため、かかる力が分散されて雪に沈むことなく216番道路を歩き回れるようだ。
私はそれから、ふと相棒の方を見やる。宙を滑るように進む彼は、もちろん雪に苦労することはない。私の羨ましそうな視線に気付いたのか、ゴーストは飄々とした笑顔を浮かべたまま私の背にその大きな手でぽんと触れる。ま、がんばれ。そう言われているような気がして。私は少し苦笑気味に笑ってから、柔らかい雪道に視線を戻した。さあ、もうひと踏ん張りだ。
ユキカブリたちは飽きることなく私の後をついてきた。私は彼らの新雪のように柔らかな声に励まされながら進み、日が傾く前に例の山小屋、その名も『ロッジゆきまみれ』にたどり着くことができた。
ロッジの管理人さんは、私が引き連れてきたユキカブリの群れを見て「これまた、ずいぶんたくさん連れてきたなあ」と明朗に笑った。
聞けば、ユキカブリはとても人懐こいポケモンで、たまにこういうことがあるらしい。特に初めて雪道を行く不慣れなトレーナーはユキカブリを集めやすいのだという。
「まあ、おかげで助かる命もあるんだがな」
そう言って、管理人さんはかつて216番道路に初めてやって来たあるトレーナーが装備不足から遭難してしまった時のことを教えてくれた。
その新米トレーナーは、雪の中で体が冷えて動けなくなってしまったらしい。
その時、たまたま近くを滑走していたスキーヤーが、何やら集まってじっと一点を見つめているユキカブリの群れに気付いた。なにかを感じた彼はユキカブリたちの方に滑り下り、その群れの真ん中で気を失っているトレーナーを見付けることができたのだという。
「ユキカブリが何を考えているのかはわからんが、人間を助けてくれたことは事実だ。
だから、こうしてトレーナーを無事送り届けてくれたユキカブリには礼をすることにしてるんだ」
そう言った管理人さんは、一度ロッジの中に戻ると大きなお皿を持って戻ってきた。お皿の上には淡い桃色の氷がたくさん載っている。
これは216番道路の雪解け水をモモンの実で薄甘く味付けしたものらしい。こうしてトレーナーを送り届けてくれたユキカブリには、お礼の気持ちを込めてこれをあげているのだそうだ。
管理人さんが雪の上にモモン氷のお皿を置くと、ユキカブリたちはお礼を言うようにふよふよと鳴いてからお皿の上の氷をそれぞれ手に取る。そして彼らはそれを持ったまましんしんと雪の降り続く216番道路へ戻って行った。その背中は雪景色の中にあっという間に溶けるように消えて、後には空っぽになったお皿だけが残された。
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