雪洞は完成したが、ビバークをするためにはまだ少しやることがあった。
このままだと雪洞の中で雪の床に直接座ることになってしまう。溶けた雪が衣服に染み込むとそこから体温を奪われてしまうので、雪の床に枝葉を厚めに敷いてその上に座った方がいいと教わった。

217番道路は針葉樹の森なので、その枝葉を敷くとちくちくしそうな気もしたが……背に腹は代えられないだろう。私は雪洞の隣にあった木の正面に立つと、心の中で謝ってから、枝を数本失敬した。
あと1本、と思って木に手を伸ばした私は、足元の方に何故かすでに折れかけている枝があることに気が付いた。どうせなら、この折れかけている枝にしよう。そう思った私は、その枝に手を伸ばして掴むと、それを手折るために大きく、かつ勢いよく手前に動かす。

その瞬間、その枝の影から大きな鳴き声とともに、とんがり帽子のような独特のシルエットをしたポケモンたちがわらわらと飛び出してきた。
雪の中にあって鮮やかな芥子色の雪帽子とつぶらな瞳が印象的な、ユキワラシの群れだった。彼らはそのままはじかれたように駆け出して、あっという間に吹雪の中へ姿を消してしまった。

どうやら、私は吹雪から身を隠していた彼らのことを驚かせてしまったようだ。申し訳ないことをしたなあ、と思いながら彼らのいた場所に視線を戻した私は、ふと、そこにまだ1体のユキワラシが残っていることに気が付いた。

どうしたのだろう、と思いながら、彼の方を覗き込む。するとそのユキワラシは、特徴的な動きでぷるぷると体を震わせながら私から距離をとるように後ずさった。雪原に小さな足跡が残される。
その足取りに、僅かにだが違和感があった。じっと彼のことを観察して、私はユキワラシが右足を引きずるようにして歩いていることに気が付いた。もしかして、怪我をしているのだろうか? そう思った私は、両腕で抱えていた枝の束を一旦木の根元に置いてから、迷うことなく鞄からいいきずぐすりを取り出した。

「ねえ、少し怪我を見せてくれる?」

私はそう言ってユキワラシの方に近寄ろうとしたのだが、それは叶わなかった。私が一歩進んだ分だけ、ユキワラシが後ろに下がってしまったからだ。もしかして、人間が怖いのだろうか。彼は私のことを警戒するように見上げたまま、懸命に距離を取ろうとする。

右足をかばうように動くたびに、痛みからか彼の口からは小さな声がもれた。
彼が怪我をしていることを確信した私は、ユキワラシの足の具合を考えて、これ以上彼に近付くのをやめる。
代わりにその場にしゃがんで彼と同じ目線になると、左手の手袋を外してその手の甲にいいきずぐすりを少しだけ吹きかけてみせることにした。
手に触れた霧状の液体が、217番道路の冷気にあてられて即座に凍りつく。私はその冷たさを顔に出さないように気を付けながら、なるべく柔らかな笑みを浮かべてこう続けた。

「大丈夫、怖くないよ」

しかし、彼の警戒は解かれなかった。どうしたものかと思いながら、私は一旦いいきずぐすりを鞄に収める。そんな私の視界に、鞄の中に納まっていたオレンの実がちらりと映り込んだ。人間の作った薬はだめでも、きのみなら食べてくれるかもしれない。そう思った私は、オレンの実を3個ほど鞄から取り出すと、それをユキワラシの方に向かって差し出した。

じりじりと後ずさっていたユキワラシの足が止まる。吹雪で真っ白な視界の中に浮かぶ、鮮やかな青。それがユキワラシの小さな瞳に映り込んでいた。どうやら興味を持ってくれたようだ。
近付くと逃げられてしまいそうだったので、私はオレンの実をそっと雪の上に置いて後ずさることにした。吹雪に飛ばされてしまわないように少しだけ雪に埋めるようにしてオレンの実を置くと、ワカンで雪を踏みしめてそっと後ろに下がる。

ユキワラシは私が充分にさがったことを確認してから、ゆっくりとした足取りでオレンの実に歩み寄る。そして、雪帽子の前を掻き合わせるように持っていた手をそっと解くと、オレンの実をひとつ、その手に取ってくれた。
彼は感触とにおいを確かめるように、ゆっくりときのみを検分する。私はその様子を固唾をのんで見守りながら、頭の片隅でロッジゆきまみれの管理人さんの言葉を思い出していた。かつて雪山で倒れていた旅人を救ってくれたユキカブリの話。遭難しかけの身でおこがましいかもしれないけれど、できたら今度は人間である私がポケモンの役に立てたらいいなと思った。

オレンの実に怪しいところのないことを確認したユキワラシは、手の中のきのみと私の顔を交互に見てから、小さな声で鳴いた。少し緊張したようなその声は、しかし不思議なほど柔らかく私の胸に響いた。
どうして彼が怪我をしていたのか、どうして極度にこちらを警戒していたのか、それは分からないけれど。でも彼が人間のことを信頼してくれたことだけは分かった。よかった。極寒の吹雪の中でただそう思った私の顔に、自然と笑顔が広がった。


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