よく考えてみると、オレはナマエのことをよく知らなかったのだと思う。
以前、ノモセで少しだけ一緒に過ごしたけれど、あの時だってオレは自分の冒険に夢中でナマエのことをちゃんと見ていなかったし。だからオレの中でナマエはずっと『ちょっとどんくさいけど、まあ結構やるヤツ』という大湿原で抱いた印象のままだった。

でも、どうやらそれは違ったようだ。
スカタンクの辻斬りに怯んだオレを助けた時も、ジュピターとか呼ばれていたギンガ団の女幹部の前でボールホルダーを外して対話を求めた時も、ナマエは以前の印象と違って驚くほど力強かった。
ギンガ爆弾が爆発する直前もそうだった。爆弾の真下にいたゴウカザルを置いていけないオレと違って、ナマエは逃げてもよかった。なのにナマエはそうせずオレの隣に立って、自分にできることをしようとモンスターボールを手に取ったのだ。
思ってたよりずっと勇敢なんだな、と思いながらナマエの方に視線を流した、その瞬間。ボールホルダーを拾い上げたその手がわずかに震えていたのに気が付いて、オレは唐突に理解した。ナマエは生まれついて勇敢なわけではないのだ、と。

自分の中にある恐怖と戦いながら勇気ある選択ができるのが、ナマエという人間なのだ。
たぶん、ギンガ団のこともそうだ。例の女幹部との話を聞くに、ナマエはギンガ団になにか思うところがあって旅をしてきたんじゃないかと思う。詳しいところはよくわからないし、知るつもりもあんまりないけど、その声に滲んだ悔しさから彼女のこれまでの旅路が決して平坦ではなかったことが窺えた。それでもナマエは諦めなかったのだろう。

ナマエのそのしなやかな強さを認めると同時に、オレは自分に足りないものがひとつはっきり見えたような気がした。
オニゴーリにオレンの実をあげて笑うナマエを横目に見ながら、オレは今までの自分のしてきた旅を振り返ってみる。
とにかく早く強くなりたくて、シンオウを駆け抜けるように旅してきた。野生のポケモンとも、トレーナーとも人一倍戦ってきた。ゴウカザルたちの得意な戦術を伸ばすように厳しい特訓だってした。でも、思い出すのはそんな記憶ばかりだ。オレは広いシンオウを旅しながらナマエのように野生のポケモンと心を通わせたことがあっただろうか。

強さというのは、力のことだとずっと思っていた。
もちろん、その考えは今でも変わらない。でも強さというのは力だけを指すわけではないのだと今ならわかる。現に、今回の爆発からオレたちを救ってくれたのは、ナマエがオニゴーリと結んだ縁だった。
旅の中では、いろいろなことが巡り巡って自分を助ける力になる。辛いときに自分を鼓舞する勇気になる。たぶん、オレにはそれが足りていないんだ。

ひたすら強くなるために特訓をしてきたけれど……それでは充分じゃなかったということだ。
自分がまだまだだって認めるのは悔しいけれど、そうしないと先に進めないならやることは決まっている。

オレはナマエがリッシ湖とシンジ湖での出来事を語るのを聞いてから、その悔しい気持ちのまま「くそーーー!!!」と声を張り上げた。ナマエがその碧い両目を見開いてこちらを見つめていたが、オレはそれを気にせずに「オレ、もっと強くなるぞ!」と声高に宣言した。

「勝ち負けじゃない、折れない強い心を持ったトレーナーになる!」

ナマエの前で大きな声を出したのはわざとだった。目標を口にすることではっきりと認識するのはもちろん、これだけ大々的に宣言しておいてなれませんでしたじゃ男としてあまりにかっこ悪い。強いトレーナーにならなきゃいけない状況をつくってしまえば、努力も結果も後からついてくるんだ。

オレのそんな様子を見て感化されたように、ナマエも口を開く。「私も、みんなの大切なものを守れるように強くなりたい!」と言って、決意を込めるようにぎゅっと唇を引き結ぶ。
その力強い瞳が、その奥で燃える意志の輝きが、オレの胸にも灯る。それはただバトルの強さを求めるだけじゃない、折れない強い心を鍛えるための炎になって煌々と燃え上がった。

はやくオヤジのように強くなりたくてはじめた旅だった。もうずいぶん長いことあの背中に追い付くことだけを考えていた気がする。
はじめての寄り道がナマエとの思い出でよかった。オレは胸に灯った炎の、その暖かさを確かに感じながらにっと笑う。そして。

「『なりたい』じゃなくて、『なる!』だろ?」

そう言って彼女の背中をばしっと叩いた。オヤジと対面する時とも幼馴染のヒカリと話す時とも違う、初めての感覚だった。これ以上ナマエが強くなるのは悔しいけど、でも同時にそれと同じだけオレも強くなれるという確信があった。だからナマエには強くなってもらわないといけない。

ナマエは気合を入れ直すようにすうっと息を吸い込んでから「守れるように、なる!!」と叫んだ。その声の残響が、オレたち以外に人のいないエイチ湖のほとりに響く。
やがてその残響が森の木々の向こうに消えてから、ナマエはオレの方を見てその双眸を細めてきゅっと笑った。照れたような、しかし同時に自信に満ちた笑みだった。

胸の奥の炎が少しだけ熱くなったような気がしたのは一瞬だった。オレはナマエに負けない明るい笑顔で彼女に「その意気だ!」と返してからゴウカザルの方を見やる。
爆弾の破片を火炎放射で焼却して安全を確認してからこちらに戻ってきていたゴウカザルは、オレの気持ちに呼応するように頭の炎を一際眩しく輝かせた。そうだな、オレたちも負けていられない。これからも頼んだぞ、と心の中で言いながら笑いかけると、ゴウカザルは当然だと言うようにその青い瞳を輝かせて大きく頷いてくれたのだった。


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