あれからもう少しだけ博士たちとエイチ湖の話をして(博士が一番興味を示していたのは、エイチ湖のほとりのポケモンたちが湖の守り神を乗せたヘリコプターを協力して落とそうとした点だった。神様がいなくなったエイチ湖には風雪が強くなる兆しがあったけれど、守り神のいなくなった影響が最もわかりやすい形で現れるのが極北で自然環境の厳しいエイチ湖なのかもしれない。湖のほとりに生きるポケモンたちはそれを直感的に理解していたからヘリコプターを襲撃したのではないかというのが博士の仮説だった)、最後にコウキくんと「またね」と言い合ってから電話を切った。
本当はコウキくんとももう少しいろんな話がしたかった。テンガン山の霧の大空洞や217番道路の吹雪の中で、コウキくんが私を信頼してかけてくれた「またね」という言葉がどれほど力になったかを伝えて、お礼を言いたかった。
でもコウキくんや博士は湖の調査で今はあまり時間が取れないようだったので、それはまた今度、直接会った時の楽しみにとっておくことにしたのだ。
電話を切る頃には、ポケモンセンターの窓の向こうではすでに日が暮れ始めていた。
もうそんな時間? と思いながらポケッチで時間を確認してから、私はそう言えば北に行けば行くほど夜が長くなるのだということをふと思い出した。なんでもこの星の地軸が傾いているからだとかなんとか、小学校の先生がそんな難しいことを言っていた記憶がある。あの時はなんのことだかよくわからなかったけれど、なるほど、こういうことだったんだ。
私とジュンくんはポケモンをジョーイさんに預けてから、少し早い夕食をとった。お互いの旅の話をしているうちにあっという間に時間が過ぎてしまう。私たちはそれじゃあまた明日と言い合って就寝の支度をするために別れ、その日はそのままそれぞれの部屋で眠りについた。
翌朝、私のポケッチが鳴る前に、私の部屋の扉を叩く騒がしい音で目が覚めた。
「ナマエ、いるか?」
考えるまでもない、ジュンくんだった。
私は瞼をこすりながらベッドから出ると、扉を開けて顔を出す。そこにはもうすっかり旅の支度を整えたジュンくんの姿があった。
右手を胸の高さに持ち上げて「よっ」と軽やかな挨拶をしたジュンくん。つられて挨拶を返すと、私の頭もだんだんとはっきりしてきた。
「ジュンくん、こんな早くにどうしたの?」
「オレ、もう出発しようと思うんだ。だから最後に挨拶に来た」
聞けば、ジュンくんは昨日の夜から『勝ち負けじゃない強さ』を得るための旅について考えたのだそうだ。これまでは少しでも早く強くなってバッジをゲットするために走り抜けてきたシンオウの大地を、もう一度歩き直してみるつもりなのだという。そこに生きる人とポケモンをよく見て、その息遣いを感じて、その先にある何かを得たい。そう思ったらもういても立ってもいられないようだ。
「最初は遠回りかもと思ったけど、たぶんこれがいちばん近道な気がするんだよな」
時間をかけることをあえて『近道』だと言い切ってしまう、彼らしくて気持ちのいい言い回しだった。私は胸のすくような思いを抱きながらその感情のままに微笑んだ。そして「うん、私もそう思う」と付け加える。
するとジュンくんは大きく破顔して「だろ!」と言ってから、すぐに踵を返した。
「じゃ、行くかんな!」
どうやら彼はこれからエイチ湖のほとりから217番道路を南下して、そのままテンガン山へ向かうらしい。一度彼も越えてきた道のりだし、寒波も去ったと聞いているけれど思わず「気を付けてね」と言いそうになった私は、ふと思いとどまって代わりにこう言うことにした。
「がんばれ! 私も負けないから!」
エイチ湖のほとりで一緒に強くなると誓った私たちには、こういう言葉の方がよく似合っていると思った。
ジュンくんは出しかけていた足を止めてこちらを振り返る。そして私のことをその琥珀色の瞳で真っ直ぐに見てから、にっと笑ってこう言ったのだった。
「おう! 楽しみにしてるぜ!」
私はジュンくんの背中を見送ってから、そのまま身支度を整えて部屋を出た。そしてジョーイさんから元気になったゴーストたちを受け取って、その足でキッサキジムに向かう。
雪を踏む足は、ジュンくんとの約束を交わした時の高揚をまだ覚えていて自分でもびっくりするほど力強い。
私の足取りから溢れ出る闘志に気付いてか、街の人から声をかけられたのはポケモンセンターを出てすぐのことだった。相棒のニューラと一緒に民家の雪下ろしをしていた若いお兄さんが「お、トレーナーさん、これからジム戦か?」と気さくな声で私を呼び止めたのだ。
彼はきりっとした印象の目元を細めて、親愛に満ちた表情を浮かべる。私が彼の呼びかけに「はい」と応えると、「ああ、悪いな、呼び止めちゃって。冬の旅人は珍しいんだ。嬉しくてつい、ね」と断ってからこう続けた。
「この街は寒いけど、トレーナーとポケモンの心は熱く燃えあがってる。負けないようにがんばりなよ!」
トレーナーの声に呼応するように、ニューラが鋭い声で高らかに鳴く。そしてお兄さんの方を見上げると、そのつり上がった双眸を嬉しそうにきゅっと細めた。
ニューラの幸せそうな横顔が、私を激励してくれたお兄さんの声と眼差しが、私の記憶に鮮明に刻まれる。雪と氷に閉ざされた極寒の街にも、人とポケモンの暖かい絆がある。私は雪を溶かしそうなほど熱い血潮が心臓から全身へ巡っていくのを感じながら、お兄さんの声援に力いっぱい応えてジムへ向かった。
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