キッサキジムに入った私の目に飛び込んできたのは、照明の光を照り返して輝く氷のバトルフィールドだった。
まるでスケートリンクのように整えられた氷の上には、あちこちに大きな雪の塊や氷の柱が設置されている。氷タイプのポケモンがその力を発揮できるように作られているフィールドは、氷の放つ冷気も相まってとても寒い。
だが、つい先日越えてきた217番道路と比べると、吹雪が吹きつけていない分コンディションはいいといえるだろう。私は白いコートの前をしっかり合わせると、足を滑らせないように注意しながら氷のフィールドへ踏み出した。
ジムトレーナーの繰り出してくる氷タイプのポケモンたちを、主にサマヨールの高い耐久力とゴーストの気合玉を使い分けながら倒していく。ジムトレーナーが時折繰り出してきたイノムーにはタイプ相性の有利なゴルダックで応戦した。
足場の悪い中での立ち回りに苦労していたサマヨールとゴルダックだが、スモモさんに体の動かし方の基礎をしっかり教えてもらっていたおかげか、すぐに氷上での動き方のコツをつかんでくれたようで。万全とまではいかないが、充分にその力を発揮して道を切り拓いてくれた。
ジムトレーナーとの戦いで学んだことは他にもあった。
つい先日仲間になってくれたばかりのユキメノコのことだ。
彼女がとても強いらしいことは、217番道路の様子からなんとなく察していた。
彼女のことをもっとよく知りたくてジムトレーナーとのバトルに何度か出てもらったのだが、場が彼女にとって有利な氷のフィールドであったことを差し引いても、その強さは十分すぎるほどだった。
ユキメノコは場に出るや否や、その白い体を相手の降らせたあられに溶け込ませて場に紛れると、相手の目に留まることなく雪の彼方から攻撃を仕掛けた。ジムのトレーナーから教えてもらったのだが、これがユキメノコの『雪隠れ』という特性らしい。
凍える風で相手の動きを鈍らせ、吹雪を器用に操って退路を断ち、怪しい風で真正面からとどめをさす。もしも相手に接近されることがあれば、驚かす攻撃を使って相手をひるませたり、守るを使って攻撃をいなしてからまた雪の向こうに隠れたりと、攻守を自在に使い分けて相手を翻弄する。
「217番道路でも思ったけど……ユキメノコ、本当に強いね」
頼りにしてるよ、という意味合いを込めてそう言うと、しおらしい彼女は少しだけ視線を逸らして静かな声で鳴く。さしずめ「まあ。そんなに褒めないで」といったところだろうか。
まるで謙遜しているように見えるが、実は彼女が私の褒め言葉を全て正面から受け止めているのだということに気付いたのは、ついさっき。私が彼女を労ったり賛辞を贈るたびに空洞になっているその体の裾先が軽やかな風に舞うようにふわりとそよぐのを見て、私はそのことを確信したのだ。
彼女が喜んでくれているのが嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
私はバトルを重ねれば重ねるほど彼女と息が合っていくのを感じながらキッサキジムを進んでいった。
氷の柱や雪の塊があちこちにそびえる氷のフィールド。それを私は慎重な足取りで、また時にはスケートよろしく氷上を滑って雪をクッションのようにして止まりながら、奥へと進んでいく。
数人のトレーナーを倒してたどり着いた氷の高台の上に、彼女はいた。
丈の短いスカートに、袖部分の大きく開いた七分丈の開襟シャツ。これまで戦ってきた防寒着を着込んだジムトレーナーとは一転してマフラーも手袋もしていないその姿に、思わず面食らう。彼女はそのスカートの裾を大胆に揺らして氷の高台から降りてくると、氷の足元をものともしないしっかりとした足取りでこちらに歩み寄る。そして両腕を体の前で組み、私の正面に仁王立ちをするように立ちはだかった。
「見てたよ、あなたのバトル!」
年齢は私よりも少し年上だろうか。若い女性らしい高くよく通る声で、彼女は私に自己紹介をしてくれた。スズナと名乗った彼女は、三つ編みのような特徴的なおさげを軽快に揺らして心の底から楽しそうに笑う。そしてこう続けた。
「吹雪の中を突破してくるからかな? 一昨日の子もそうだったけど、やっぱり冬の挑戦者は力強くていいね!」
一昨日の子、というのはたぶん、ジュンくんのことだろう。
私は彼のゴウカザルがその激しい炎でキッサキジムを突破する様子を胸の奥で思い描きながら、「ありがとうございます。私は、ナギサシティのナマエです!」と自己紹介をする。
スズナさんは「ナマエちゃんね、よろしく!」とその大きな瞳をきゅっと細めて愛らしい笑顔を浮かべる。まるで若者向けの雑誌の表紙を飾れそうな笑顔に目を奪われたのは一瞬だった。彼女はすぐにその双眸をすっと開くと、チェリムの花びらのような色をした唇の両端を持ち上げて不敵に笑った。
「でも連日のジム戦でこっちも気合い入ってるからさ。あたし、強いよ?」
こちらの出方を探るような眼差しと、自信を隠さない強気な笑み。
それに負けないように、私はきゅっと両手を握る。そして冷たいジムの空気で肺を満たすと、「望むところです!」と言ってスズナさんの眼差しを正面から受け止めた。
「……いいね。あなたの気合い、感じるよ」
スズナさんが腕組みを解いて、腰に結んでいたニットの袖の部分をぎゅっと締め直す。
――その瞬間、彼女の纏う空気が変わった。その眼差しから挑戦者を見定めるような色が消え去って、バトルを心から楽しむような好戦的な輝きに変わる。
「あたしの全部見せたげるんだから。覚悟しちゃってよね!」
ジム付き審判のコールを受けて、私とスズナさんはそれぞれひとつ目のボールを抜き出す。
そしてどちらからともなくそれを放った。
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