「イワーク、戦闘不能!」

やった。イワークを倒せた。私は思わずコダックに「やったね!」と声をかける。
イワークをボールに戻したヒョウタさんは、人のよさそうな笑顔のまま「ナマエちゃん、やるね」と言った。

「さあ、僕の切り札だ、同じように倒せるかな?」

ボールから勢いよく飛び出してきたのは、昨日岩砕きを披露してくれたズガイドスだった。
イワークと比べると小柄な彼は、しかしイワークに劣らない覇気のある鋭い瞳でコダックを睨み、強靭な脚で地面を踏み締めて小さく唸るように鳴いた。

おそらくコダックでは、素早さは絶対に敵わない。
直接攻撃では勝ち目がなさそうだ。

「ズガイドス、思念の頭突き」
「コダック、水鉄砲!」

コダックの水鉄砲の中を、ズガイドスはその堅固な頭で掻き分けながら突き進んできた。タイプ相性では有利なはずなのに、あまりダメージを与えられていない。
ズガイドスの頭部がコダックを跳ね飛ばす。泥を跳ね上げて落ちてきたコダックの体が、ぐったりと横たわっていた。

「コダック、戦闘不能!」

審判の声が響くと同時に、私はコダックをボールにおさめた。
ありがとう、と心の中で呟いて、紅白のボールをきゅっと握りしめる。あんなに闘志を剥き出しにしたコダックを見たのははじめてだった。がんばってくれた彼に私ができることは、ひとつ。
私はコダックのボールをホルダーに戻し、残るもう一つのボールをふわりと放った。

飛び出してきたゴースと、ズガイドスの視線が正面から交わったのは刹那。

「ズガイドス、思念の頭突きだ!」

ヒョウタさんの高らかな声でバトルが始まった。
ズガイドスは強靭な脚で地を蹴って一気に距離を詰めてくるが、素早さはゴースの方が上だったようで。ゴースはひらりと攻撃をかわすと、すぐに身をひるがえしてズガイドスに向き直る。

「ゴース、恩返し!」

今度はゴースの番だ。彼は白く輝く軌跡を残しながらズガイドスに向かって飛んだが、ズガイドスはそれをぎりぎりまで引き付けてから、華麗な足さばきで攻撃をかわしてしまった。
どうやらお互いの身のこなしは互角なようだ。ゴースは飄々とした様子でガスの体をふよふよとたなびかせながら、しかしどこか緊張したような眼差しでズガイドスを見つめる。対するズガイドスは、決して目を離さないようにゴースのことを睨み付けて、威嚇をするように喉の奥で低く鳴いた。相手にとって不足はない、と言っているようだった。ヒョウタさんはそんな2体の様子を見て満足そうに微笑む。

「なるほど、いい動きだ。
じゃあ、これはどうかな?」

そう言ってヒョウタさんは原始の力という技を指示した。ズガイドスの周りの地面がぐらぐらと揺れて、フィールドの中から大きな岩の塊がいくつも現れた。それが一度空中高くに浮かび上がって、それからゴースめがけて落下してくる。
しっかり距離をとってかわせばゴースなら避けられないことはない、そう思ったが甘かった。ヒョウタさんは原始の力がこちらに届く前に、「そのまま思念の頭突きだ!」とズガイドスに声をかけたからだ。

上空から襲いかかる原始の力。地上には真っ直ぐこちらへ突き進んでくる思念の頭突き。
私はほとんど反射的に、ゴースに上へ逃げるように指示を出した。原始の力もすごい威力に違いないが……、私の脳裏をコトブキシティのトレーナーズスクールの黒板にあったタイプ相性の一覧表がかすめる。エスパータイプの技は、ゴースにとっては効果抜群だ。それだけは避けなければならない気がした。

ゴースは短く鳴いて、ガスの体をはためかせながら上へ飛ぶ。ゴースの行く手を阻むように降ってくる岩をかわしながら飛び上がるも、しかし完全には避けきれず。ゴースは小さくないダメージを負ってしまった。
地上ではズガイドスが勝ちを確信したように高く鳴く。さあ、とどめをさしてやる! そう言いたげな眼差しで、彼はもう一度原始の力を使おうとした。

それを遮るように、私の口から「のろい」という言葉がもれ出た。

ゴースが大岩の中を、ダメージを受けながら高く昇ってゆくその最中。ほんの一瞬、彼の挑発的な瞳がちらりと私に向けられたのだった。その視線はとても饒舌だった。そんなふうに逃げてばかりじゃ、おれは勝てない。ゴーストタイプである彼が何をしたがっているのかがわかった気がしたのだ。

地上からゴースを見上げていたズガイドスが、唐突に苦しみ始める。

「ズガイドス、しっかりするんだ!」

トレーナーの声で何とか気を保ったズガイドスだが、呪いは確かにかかっているようで、そうしている今も徐々に体力が削られていることだろう。
上空のゴースを見上げれば、彼は呪いをかけて自分もダメージを受けているはずなのに、そんなことは気にもとめていないような底の見えない笑顔で私の指示を待っていた。

「怪しい光!」

頭上から降り注ぐ光を避ける術はない。ズガイドスは混乱して、先程自分が降らせたばかりの大岩にその身を打ち付け始める。
ヒョウタさんはズガイドスの正気を呼び戻そうと懸命に呼び掛けたが、のろいのダメージもあって、ズガイドスがその場に倒れ伏す方が早かった。

審判のコールがあり、私達の勝利が告げられる。
――なんだかあっけない終わり方な気もしたが、逆にゴーストタイプらしい戦い方だったようにも思う。ゴースに合った戦い方を、これからじっくり考えていこう。私はそう思いながらゴースをボールに戻して、ヒョウタさんに歩み寄った。バトルは終わったけれど、高揚感がまだ体に残っているのが、少し浮足立つ自分の歩調から伝わってくる。
私はその高揚感を保ったまま、ヒョウタさんを見上げた。

彼は人の良さそうな笑顔で「参ったな」といいながら派手な色のヘルメットを外した(余談だが、あまり参ってなさそうに見えた)。

「完敗だよ。コダックとゴース、それぞれの良さをよく引き出したバトルだった。
これがコールバッジだ、君にあげるよ」

そう言ってヒョウタさんは、懐から鈍色に輝くバッジを取り出した。それは岩を象っているのだろうが、どこかモンスターボールを模しているようにも見えて。ひとつ目のバッジに相応しいなと私は思った。
私は両手を差し出してそれを受け取る。ジムの高い天井から降り注ぐ光を反射して、バッジがきらきらと輝いた。

「バッジはこれに納めていくといい」

そう言って彼は、審判から四角い箱を受け取り、私に手渡してくれた。
かぱっと蓋を開けると、そこには様々な形に窪んだ8つの柔らかな穴があった。そのうちのひとつが、今貰ったコールバッジと全く同じ形をしている。
私は丁寧にバッジをその窪みに嵌め込んで、蓋をゆっくりと閉めた。ぱちん、と高らかな音と共に、クロガネジムの記憶がケースの中に綴じ込まれる。

「ヒョウタさん、ありがとうございました」

ヒョウタさんを見上げてそう言うと、彼は少し照れ臭そうに笑って「仕事だからね」と言った。

「じゃあ僕は、これから炭鉱に行くよ。
ナマエちゃん、よい旅路を祈ってるからね」

ヒョウタさんはそう言ってジムを後にした。
私はその背中をしっかりと見送ってから、私もジムを出てポケモンセンターへ向かった。


[ 21/209]



ALICE+