旅の準備をばっちり整え、ソノオタウンに向けてポケモンセンターを出発したのだが、
私の足はコトブキシティを出る前に早くも止まる事になった。
コトブキの目抜き通りは北端、204番道路の木々の緑も見えてきた街の外れに幾人かの人影があり、何やら言葉を交わしていた。私はぐっと目を凝らして、その中にナナカマド博士とコウキくんがいるのを見付ける。
私は博士たちに会えたことが嬉しくて、ぱたぱたと駆け寄り挨拶をしようとしたのだが、二人と向き合って会話をしている浅葱色の髪の男の声が聞こえて思わず足を止めてしまった。
「さあ、ナナカマド博士。あなたの研究成果を我々に寄越しなさい!」
そう声を荒げた男はコウキくんをちらりと見遣ってから、今度は気味の悪い猫撫で声でこう続けた、「でないと、あなたの助手を痛い目に遭わせますよ」
これは、明らかな恐喝だった。
私は少し考えてから、警察を呼びに行くべく踵を返そうとしたのだが、
それはナナカマド博士が大きく私の名前を呼んだために実行されることはなくなった。
ナナカマド博士をじっとり見据えていた男たちの視線が、ぱっと私に刺さる。私は思わずびくりと肩を震わせてしまったのだが、博士は彼らなんて全く意に介していない様子で私に歩み寄ってきた。
揃いの服装をした男たちの視線に怯えながらややおずおずと、博士に「お久しぶりです」と挨拶をすると、彼は小さく頷いてそれに応え、「旅の方はどうだ」と短く私に尋ねた。
私は新しくコダックを仲間にしたことと、クロガネのジムバッジを手に入れたことを手短に報告した。すると博士はその双眸を僅かに見開き、「バッジを手に入れたか」と呟いた。
「ナマエにはトレーナーとしての才覚があるのかもしれんな」
誉められたことは少しくすぐったかったが、でも素直に嬉しかった。この子たちに見合うトレーナーになれるかもしれない自信を、博士はくれたのだ。
私は少しはにかみながらも、しっかりと礼を述べる。視界の隅のコウキくんも、穏やかな笑みを浮かべていた。
「おやおや、これは困ったポケモン博士ですねぇ!」
先程の男の大声が、コウキくんの笑みを曇らせた。
私を見つめていた博士の視線が、ゆっくりと男たちに向けられる。
「我々はお仕事としてお話しをしているのです、というか、」
そこで一度言葉を切った男は、すうっと息を吸い込み、唐突に乱暴に叫んだ、
「我々の話を聞け!」
しん、と一瞬の静寂が訪れる。
始めのうちこそ、高圧的ではあるが一応の笑みを浮かべていた男たちから、いつの間にかそれが消えていた。私は不安に思って博士を見上げたのだが、その口からはとんでもない言葉が飛び出した。
「お前たち、やかましいぞ」
男の目元がぴくりと痙攣したのを、私は見逃さなかった。
このままでは怒らせてしまうのでは、と不安に思う私を置き去りにして、博士はゆっくりと男たちと対峙した。
「本当に困った奴らだ。
お前たちの悪いところその1、用もないのにいつまでもいるな」
唖然とする私の目の前で、博士はいつもの調子で明快に続けた。
「その2、人の話の邪魔をするな」
コウキくんがやれやれというように小さく肩を竦めて苦笑する。
「その3、思い通りにならんからと大声で脅すんじゃない」
声を張り上げた男が、その唇をぐっと引き結ぶ。
彼らの怒りのボルテージが上がっているのは容易に見て取れるのに、博士は更に淡々と言葉を続けた。
「その4、集団でいることで強くなったと勘違いするな」
それから博士は揃いの服と髪型の男たちを無遠慮にじろりと眺め回して、最後に静かに付け加えた。
「その5、そもそもそのおかしな恰好はなんなのだ?」
完膚なきまでに叩きのめされた男たちは敵意を剥き出しにして、ベルトからボールを取り出し構える。
博士はそれを冷ややかな瞳で睨み返した。
「ダメな大人の典型だな。お前たちはこうはなるなよ」
完全に頭に血が上った男たちは、口々になにかを叫びながらボールを投げた。断片的に「愚か者」とか、「頭にきた」とか、その類の言葉が聞こえた。
私はとっさに博士と男たちの間に体を捩込んで、ふたつのボールを放る。気配で、コウキくんもナエトルを繰り出したのがわかった。
男たちが繰り出したニャルマーとスカンプーの群れがこちらに近付いて来るのを待ち受ける中、男のうちのひとりがこう言ったのが私の耳にはっきりと届いた。
「ギンガ団に逆らった事を後悔させてあげますよ!」
ギンガ団。
私の碧い瞳が目一杯開かれるのを自分でも感じた。
一瞬のうちに記憶がフラッシュバックする。ギンガ団に疑問を持つ紳士、インターネットに氾濫する情報、「流れる時間、広がる空間」、そしてシンジ湖のほとりで出会った男の瞳――。
しかしそれは刹那のうちに脳内から消えうせて、
私は相手のポケモンたちの獰猛な鳴き声によって現実に引き戻された。
あなたたち、何者なの。
ぎり、と奥歯を噛み締めてから私は、ゴースたちの背中に指示を飛ばした。
「ゴース、怪しい光」
相手の動きが一気に乱れる。
「いいぞ、ナマエちゃん!」
となりからコウキくんの称賛が聞こえてきたが、今はそれに答える余裕はなかった。
この男たちに勝って彼らを問い詰めれば、湖で出会った男の事がなにかわかるかもしれない。
「コダック、岩砕き!」
「ナエトル、葉っぱカッターだ!」
相手のポケモンは育てが足りなかったのだろう、次々と倒れていき、あっという間に彼らは丸腰になった。
ゴースがその三白眼で男たちを睨みあげると、彼らは「今日のところは引き上げることにしましょう。何故ならギンガ団は、みんなに優しいのです」という捨て台詞を残して走り去ってゆく。
「っ、待って!」
私は彼らに尋ねたいことがあった。博士たちを置いて彼らを懸命に追ったが、子供の足では追いつけるはずもなく。
「……ギンガ団」
私は肩で息をしながら、204番道路の真ん中にひとり佇む。
どうして私は、あの碧い目の男がこんなにも気になるのだろう。不気味な微笑みと、湖を見つめる静かな横顔が、暫く頭から離れなかった。
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