荒れた抜け道から出てきたであろう白いコートを着たトレーナーが、こちらにゆっくりと近付いて来る。
トレーナーを見れば、することはひとつ! 虫採り網を振り回していたおれは、それをいったん中断して、そのトレーナーにバトルを申し込んだ。

ナギサシティというところからやって来たらしいナマエは、ゴース一匹でおれの虫ポケモンをあっという間に倒してしまった。悔しさを感じるヒマもなかった。

賞金を渡しながら彼女の顔をちらりと見ると、深い碧を湛えた大きな瞳と目が合った。
彼女は控えめに口を開いてこう言った。

「あの、よかったらコロボーシ見せて貰えませんか?」

断る理由がなかった。
おれはコロボーシをもう一度ボールから出す。ころりと触角を鳴らしたコロボーシを見て、彼女は目を輝かせた。

「さわってもいい?」と聞かれたので、頷く。
すると彼女は「ありがとう!」と声を弾ませて、おれのコロボーシにそっと手を伸ばした。はじめは訝しげにしていたコロボーシも、彼女の手が二度三度と触れるうちにその瞳を気持ち良さそうに閉じた。ナマエの手に身を委ねるようにコロボーシの頭が前後に揺れて、その硬い触角が微かに擦れた。ころころころと、気持ちよさそうな音が鳴る。

「ほんとに綺麗な鳴き声」

優しく微笑む彼女が、美しい声でそう言った。その声もコロボーシと同じくらい綺麗だと思ったが、なんだかそれはうまく言えそうになかった。
代わりにおれは、コロボーシのたてるこの音が、人間や多くのポケモンのように口から出ているのではなく、その硬い触角の触れ合う音だということを彼女に教えてやる。
ナマエは「へぇ」と言いながら、コロボーシの触角をまじまじと見つめる。それから、ぱっと鮮やかに笑ってこう言った。

「コロボーシのことなら何でも知ってるんだね!」

こんなの、虫ポケモンが好きならみんな知ってる当たり前のことだ。なのに、彼女に褒められるとすごくうれしいのはどうしてなんだろう。
気をよくしたおれは、コロボーシについて知っていることを次々彼女に話した。コロボーシは体格と触角の大きさによって音の高さが変わること、その音の相性で群れやパートナーが決まること、などなど。

ナマエはこくこくと頷きながら話を聞いてから、最後に自分とコロボーシの思い出についてそっと教えてくれた。
彼女はつい先日、203番道路で野宿をした時に、コロボーシの群れに出会ったらしい。星が流れるたびに群れたコロボーシの触角同士が触れ合って、美しい合唱が星空に響いていたのだという。

「重なった音が本当に綺麗だったんだけど、それには理由があったんだね」

彼女の瞼がそっと閉じられる。たぶん、記憶の中にある美しい響きを思い返しているんだろう。

おれはまだひとりで夜の虫取りに行ったことがなかった。野宿の経験も、もちろんない。
おれもナマエをまねして、そっと目を閉じてみる。そして、まだ聞いたことのないコロボーシの合唱を想像してみた。星空と、流れ星と、月明かりに照らされたコロボーシの群れと、重なり合った触角の音。
おれはすぐに目を開ける。彼女の説明は的確だったけど、夜の203番道路も、コロボーシの群れも、うまく想像ができなかった。

まだ小学校に通わなければならない年齢のおれは、まだ旅に出られなければ、夜にひとりで街を出ることもできない。
でも、その時がきたら、おれはまず真っ先に夜の203番道路に向かうことにした。彼女にコロボーシの群れをどのあたりで見たのかを尋ねる。なるほど、クロガネジムゲートの入り口近くか。おれはそれをしっかりと記憶に留めてから、旅のトレーナーに別れを告げた。
最後にもう一度コロボーシを撫でて、ナマエはソノオタウンの方へ歩いて行った。

おれは白いコートを着た背中を見送ってから、コロボーシを抱きかかえた。耳に慣れた音がころころと鳴る。
家に帰ったら、コロボーシの群れのことと、ナギサシティのことを調べてみよう。おれが10歳になって旅に出るときには、今日調べたことがきっと役に立つはずだ。


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