ソノオタウンが近付くにつれて私の鼻腔を柔らかくくすぐっていた香りの正体は、町の入口の大きなゲートを潜った瞬間に明らかになった。
町の至る所で咲き誇っている、たくさんの花。白、ピンク、水色や黄色。鮮やかな色から淡くほのかな色まで、虹色の絨毯が視界いっぱいに飛び込んできた。
まるで町中が花畑のようだ。その光景に圧倒されたのは一瞬だった。私は一日中歩き通してくたくただったにも拘わらず、次の瞬間には町の中心へ向かって駆け出していた。
右を見ても、左を見ても、視界の限り花畑が続いている。色とりどりの花が生き生きと咲き乱れる様子は、まるでこの世の天国のようで。私はこの風景をデンジにも見てもらいたいと強く思った。
私は傾いていた太陽が町の西に広がる木々の間に落ちるまで、飽きることなく花を眺めていた。
「ほんとにすごかったんだよ。デンジにも見てほしかったなー」
ポケモンセンターから今日の無事を報告してから、私は興奮気味に花畑のことをデンジに語った。
いつもはそれなりにきちんと私の話を聞いてくれる彼は、しかし今日は事もなげに「ああ、あの花畑な」と言って、興味なさそうに視線をそらす。まるで見たことがあるような口ぶりだが、彼はソノオまで旅をするほど長期間ナギサを離れたことはないはず。
訝しげに首を傾げる私の心中を察したのか、彼はぽんぽんぽんとテンポよく三つの単語を口にした。
「トバリ、バッジ、空を飛ぶ」
私はタウンマップを脳裏に描く。東の突端のナギサシティから地続きの街、トバリシティ。
バッジ、空を飛ぶ、ということはつまり……、
「えー、来たことあるの?」
私の驚きと不満を含んだ声に、デンジはにやっと笑って小さく頷いた。
聞けば彼は、10歳になってトレーナーカードをもらってから、まずナギサのジムリーダーを破り、次にその足でトバリシティに向かったのだという。トバリのバッジがあれば、ポケモンの背に乗って空を飛ぶことができるようになる。デンジはそれを利用して、ナギサを拠点にしたまま私の傍を長期間離れることなくシンオウ全土のジムを巡っていたらしい。
彼らしい、実に合理的なやり方だった。
私はなんだか妙なショックを受けてしまって、がっくりと肩を落とす。
すると画面越しのデンジはそんな私を見て、はははと軽やかに笑った。
「ナマエが戻ったら、今度は一緒に旅行に行くのもいいな」
「……よくないよ、デンジにはジムがあるでしょ」
もともとさぼりがちだった彼に、最近ちゃんと仕事をしているのか問いかけると、彼は曖昧に頷いて「ああ」と言い、視線を右にずらして口を噤んだ。あ、これは嘘をついているな。
私がさらに彼に質問を投げかけようとすると、彼は視線を反らしたまま「じゃあな」と言って光の速さで電話を切ってしまった。
私は真っ暗になった画面に映った自分のふくれっつらを見ながら、「もうっ」と溜息をこぼした。
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