この先に、ギンガ団の幹部がいる。
私ははやる気持ちを押さえながら、慎重にギンガ団のしたっぱを倒して奥へ進んでゆく。
発電所らしく大きな機械のたくさん置いてある空間を通り過ぎた所に、一際目を引く女の人の姿があった。
今までのギンガ団の面々とは全く異なる、鮮烈な赤い髪の毛。それに目を奪われて言葉を失っている私を見た彼女は、きゅっと強気な笑みを浮かべた。侵入者が目の前にいるにも関わらず余裕たっぷりなその表情に、私は思わずごくりと生唾を飲んで身構える。
したっぱの男たちよりも、彼女の方が僅かに若いのではないだろうか。不敵な微笑みの中に、どこか捨てきらないあどけなさが見え隠れしているような気がして、私は根拠もなくそう思った。
警戒心から言葉を発することが出来なかった私に先手を打って、彼女はその形のいい唇を開いた。
「あたし、マーズ」
マーズ。私はこの響きを忘れないように心の中で復唱する。
彼女は裾の広がったスカートを大胆に揺らして、続ける。
「ギンガ団3人の幹部……じゃなかった、」
そこで彼女は一度言葉を切り、彼女の右側に控えていた初老の男性を一瞥した。僅かに眉根を寄せて、嫌悪に近い表情を作り、続けた、
「4人いる幹部のひとり」
睨まれた白髪混じりの老人は、やれやれといったように肩を竦める。
彼女は、それを受けてさらに苦い表情を作ったが、すぐにその老人から視線を私に引き戻した。髪の毛同様深い赤の強い光を宿した瞳が、私を射抜く。
ひるんでは、だめだ。私は右手をぐっと握り締めて己を鼓舞しながら、その瞳を真っ直ぐに見つめ返して、言った。
「私はナギサシティのナマエ」
大きな赤い瞳の中に、私が映り混んでいるのが見える。まるで血塗れの世界の中に立っているようだ。
私は右拳の力を強めて続けた、「あなたに聞きたいことがあって、来たの」
彼女は「へえ、」と唇を尖らせて呟いた。僅かに首を傾けて、愉快そうにこちらを窺う。
私はそれを許可と受け取り、質問を投げ掛ることにした。
「ギンガ団、あなたたちは、何者なの?」
思わず語尾が震えた。真実を知るのが少しだけ怖かった。
そんな私を見透かすように彼女はくすりと笑ってから、より挑発的な笑みを張り付けて私の質問に答える。
「あたしたちはね、今よりも素敵な世界を創り出すためにいろいろと頑張っているの」
今よりも素敵な世界、というのが私の中で引っ掛かった。
素敵な世界ってなんだろう。新エネルギーによって進歩した世界のことだと考えるのが妥当かもしれないが、でも、私はどうしてだかそうだとは思えなかった。あの深紅の瞳で夢見る素敵な世界を、私なんかが容易に想像できるとは思えない。
彼女の口にした『素敵な世界』は、きっともっと複雑で、私なんかでは考えも及ばないものであるに違いない。……それに彼女は、それを『創り出す』と言った。素敵な世界に「する」、ではなく、「創り出す」と。
私は思わずふるふると首を横に振ってしまう。
それが、あまりに恐ろしい話に思えたからだ。理屈ではなく、私の理性が、そう囁いている。
そんな私を見た彼女は、僅かにその表情を淋しげに曇らせた。
「あなたも解ってくれないのね」
私は彼女の表情からいろいろなことを思ったが、それはどれも憶測に過ぎない。
ただ事象としての事実は、私が彼女のその表情に思わず口を開きかけたこと、そしてそれよりも早く彼女があの強気な笑みに戻り「だからね、」と言ったことだけだった。
彼女は続けた。
「ポケモン勝負で決めましょ!
あたしが勝ったら、あなたはあたしたちの目指す世界を認めてここから出て行く。
あなたが勝ったら、……とりあえず、あたしたちが消えるわ」
私は黙ったまま頷いた。
彼らの目的は、素敵な世界を『創り出す』こと。それを知れただけでも今日は充分だ。別に私の危惧を彼女に押し付けたい訳ではない。彼女の出した条件を、私は飲むことにした。
私たちは互いにボールを構えあう。
負けていい勝負なんて今までだってどこにもなかったけれど、でも、この勝負は絶対に負けられない。せっかくここまで来たのだ。湖で出会った男への道は、繋がりはじめたばかりなんだ。忘れられない、あの声と横顔。
私はぐっと決意をかためて、ボールを投げる。
すぐに眩い光が走って、私の意識は記憶の奥から一気に目の前のバトルへと引き戻された。
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