相手がズバットを繰り出したのを見て、私は少し安心した。技の相性では、コダックの方が有利だったから。

「コダック、念力!」

私が先に指示を出したのだが、生来の素早さの差のせいか、コダックの念力よりも先に相手の攻撃がコダックに当たる方が僅かに早かった。

「毒々!」

ズバットの口から素早く吐き出された禍々しい色の液体がコダックを襲う。
私の口から悲鳴に似た音が漏れたが、コダックは攻撃を受けながらも相手を念力で拘束した。効果は抜群で、相手のズバットがみるみる弱っていく。

「あたしのポケモンになにすんのさッ!」

彼女はそう叫んだが、私もそう叫び返したい気持ちでいっぱいだった。徐々に猛毒に侵されていっているのだろう、コダックの眉間に苦痛から深い皺が刻まれる。私の背中を冷たい汗が伝ったのを感じた。

コダックはズバットを発電所の壁に強くたたき付け、すかさず引っかく攻撃を加える。
相手がよろけながら距離を取るのを見て、私は間接攻撃がくると予想した。

「相手の動きに集中して!」

素早さでは勝てなくても、これだけの距離があれば避けられるはず。
予想通り彼女はエアカッターを指示し、コダックはそれを辛くはあったが確かにかわした。

彼女ははっきりと舌打ちをして、「翼で打つ!」とやや冷静さを欠いた様子で声を張り上げた。
エアカッターがかわせるなら、同じ距離からの翼で打つが当たるはずがない。やはりコダックは私の期待通りそれをかわした。

「こんなのコダックの動きじゃない!」

彼女は苛立ったようにそう叫んだ。
私は「これが育てるってことです」と彼女に挑発的な笑みを投げかけてから、コダックに水鉄砲を指示する。翼で打つを外したズバットに、水鉄砲は真横から命中した。

飛び上がることが出来なくなったズバットを忌々しげにボールに仕舞う彼女に、私は言った、「ギンガ団って、ポケモンが支給されるんでしょう?」

今まで戦ってきたギンガ団のしたっぱは、負けるたびにそれをポケモンが弱いせいだと言っていた。
この世界に弱いポケモンなんていない。ポケモンのよさを引き出せるトレーナーと、そうでないトレーナーがいるだけ。昔、なにかの雑誌の中にそんな言葉があったことを思い出す。

私の言わんとするところを理解した彼女はその顔を腹立たしげに歪めかけ、しかしすぐになにかを思い出したようににやりと笑う。そして、ただ「そーよ」とだけ言って私の言葉を肯定してみせた。
予想と違う返しに僅かに面食らった私に、彼女はふたつ目のボールを高らかに放って、こう続けた。

「それも、上役になればなるほど、強いポケモンがね!」

現れたのはブニャットだった。今まで相手にしてきたニャルマーとは比べものにならない重量感。コダックとの体格差は倍以上はあるだろうか。
ブニャットはふてぶてしい金色の瞳でコダックを見据える。そしてそのまま後ろ足に力を込めて、いつでもこちらに飛びかかれる体勢をとった。

ブニャットの瞳の奥に何か嫌な光を感じた私は、慌ててコダックを戻す。
それを見たゴースが待ってましたと言うように場に飛び出たのと、ブニャットが後ろ足を大きく蹴って勢いよく飛び出してきたのがほぼ同時。

ブニャットはそのままゴースに向かってきた。ゴースの正面でぱしっと両手を合わせるようにしながら、こちらに飛びかかる。電光石火とも違う、こちらの不意を突く唐突な攻撃だった。私はそれに慌ててしまって、うまく指示を出せない。
ああ、やられる。そう思った刹那、ブニャットのその攻撃はゴースをすり抜けてしまった。

……どうやら、ノーマルタイプの技だったようだ。
確かあれは、猫だましだ。覚えているポケモンはフィールドに出た際、最初にこの技を繰り出すべし! と、週刊ポケモンバトルの戦術コーナーに載っていたのを遅れて思い出す。

どうやら相手のポケモンは強いうえに、バトルの戦術や知識も私よりも上らしい。
その事実に思わずひるみそうになったその時、私の思考を遮るようにけたたましいゴースの笑い声が響いた。

彼は攻撃を外した相手を挑発するようにけたけたと笑ってから(余談だが、彼女の赤い瞳とブニャットの金の瞳が、全く同じタイミングで不機嫌そうに歪んだ)、ゴースのことをきょとんと見上げる私の方を小さく振り返る。
彼の飄々とした眼差しは自信と信頼に満ちていた。目が合ったのは一瞬。でも彼の眼差しが委縮しかけていた私の気持ちを奮い立たせるには、その一瞬で充分だった。

私は短く息を吸ってブニャットに向き直る。
強さや戦術は相手の方が上だ。きっと正攻法だと分が悪い。なら、私とゴースにできる戦い方をしよう。

「ゴース、毒ガス!」

私の声を合図に、ゴースの曖昧な輪郭が素早く膨れ上がる。ブニャットは鮮やかな足さばきで後ろに下がって攻撃をかわそうとしたが、ゴースの体はブニャットの想定よりも大きく膨れ上がったようで、着地した相手を濃いガスが包み込んだ。
ブニャットが苦しそうに呻くのを見たゴースはにたりと笑ってブニャットを解放する。意図したわけではなかったが、コダックへの毒々の意趣返しをしたような形になってしまった。彼女はそれを敏感に感じ取ってか、小さく舌打ちをする。しかしすぐに気持ちを切り替えたようで、彼女はその口角をきゅっと持ち上げて不敵な笑みを作ると的確な攻撃を指示した。

「ブニャット、騙し討ちよ!」

ブニャットはそのしなやかな身のこなしを最大限に発揮して、左右にフェイントをかけながら距離を詰めてくる。ゴースは持ち前の素早さで何とか相手の動きに食らいついているが、一瞬でも集中が途切れれば避けられない攻撃が襲い掛かってくるだろう。
こちらをまっすぐに捉えて逃がさない嗜虐的な金の眼差し。それに射抜かれたままの私の頭に、ふとひとつの仮説が浮かんだ。相手がこちらに注目しているなら、もしかして。

「催眠術」

次の瞬間、ゴースのつり上がった双眸が赤黒く瞬いた。同時に、ガスの輪郭が独特の周波で揺れる。
ゴースを逃がすまいとこちらに注視していたブニャットは、ゴースの催眠術を真正面から受けてしまった。流石に幹部のポケモンというべきか、ブニャットが完全に眠ってしまうことはなかったが、さっきまでしなやかだった足取りが覚束ない。

ブニャットはトレーナーの指示をなんとか完遂しようとゴースを追うが、先程までの機敏さはなく、逆にゴースの動きに翻弄されつつある。次第に体も重くなっていっているようだ。

どんなに不利な状況になっても、彼女はブニャットを戻さなかった。
苦しそうなブニャットの息遣いが響く発電所で、私はこちらを見つめる赤い瞳の女性にややおずおずと声をかける。

「あの、マーズ、さん」

少し迷って、敬称を付けた。続けた。

「ギンガ団の創ろうとしている世界ってなんですか?
あなたはわからないだろうって言ったけど……私、知りたいんです」

シンジ湖で出会った碧い瞳の男。時間と空間について語っていたあの人がギンガ団に関係している可能性が少しでもあるなら、私はギンガ団のことを、その目指す世界が一体なんのかを、知りたかった。

しかし彼女は答えるつもりはないらしい。その形のいい唇に不敵な笑みを浮かべて、少しだけ首を左に傾けて、私のことを値踏みするように見つめながら、「ブニャット、騙し討ち」とあくまでも私を討ち取るための攻撃を指示する。

これは拒絶だろうか。あるいは、試されているのだろうか。
ゴースにブニャットの鋭い爪が迫る。彼女の意図をはかるには、私に許された時間はあまりに短かった。

「……ゴース、恩返し」

私の声にこたえるように甲高く鳴いたゴースは、そのまま白く輝く軌跡を描いてブニャットへ一直線に向かっていく。そして彼らは正面からぶつかり、疲労の大きかったブニャットがその場に倒れ伏した。

マーズさんはブニャットをボールにおさめて、そのボールを表情の読めない深紅の瞳で一瞬見つめる。
しかしすぐにそれを腰のベルトにおさめると、彼女はあっけらかんと「あーらら! 負けちゃった!」と声をあげた。

「でもいっか。あたしのやるべきことは終わったし」

そう言ってその上がり気味の勝ち気な目で、私を真っ直ぐに見つめる。
そして彼女はごく愉快そうに目を細めてにっと笑ったのだが、私は彼女のその笑顔の意味をどうしても理解することができなかった。


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