ギンガ団はそのまま、まるで姿を消すように、迅速にこの場から撤退した。

マーズさんは去り際、プルートと名乗った幹部のひとりとおぼしき老人と口論していたが(「新参者のくせにあたしに指図しないで! あたしに命令していいのは、この世界でボスただひとりなの!」)、最後には私に不敵な笑みを残して去って行った。

発電所に残されたのは私と、バトルの間中ずっと部屋の隅で縮こまっていた白衣の男性だけだった。
丸眼鏡をかけた温厚そうな男性に話を聞く。彼は、この発電所の職員だと名乗った。突然押しかけてきたギンガ団に拘束され、脅され、休む間もなく電気を生産させられていたらしい。

幹部構成員の老人は、「これだけの電気があれば相当すごいことができるはず」と不穏なことを言っていた。この職員も、奪われた電気の使い道を危惧しているようだ。

「ギンガ団……とにかくポケモンやエネルギーを集めて、宇宙を創り出すと言っていましたが……」

純粋な科学者である彼は「意味不明でした」と彼らのことを断じた。知的で温厚そうな外見とは裏腹に、拒絶とも思考停止ともとれる語気の強い声だった。
監禁に強制労働、恐喝に略奪と、彼の受けた仕打ちを思えばその言い分も態度も当然だと思う。しかし私自身は、ギンガ団の残した言葉を意味不明の一言で片付けられないでいた。

シンジ湖で出会ったあの男は、時間と空間を手に入れようとしていた。時間と空間――つまり、宇宙そのものを。あの男がギンガ団と繋がっているのだとしたら、あの男の言葉とマーズさんの言葉を繋ぎ合わせて、一つの仮定が浮かび上がる。

ギンガ団は、膨大なエネルギーを使って時間と空間を操り、新しい素敵な宇宙を作り出そうとしている、かもしれない。
まるで、本当に狂人の戯言そのものだ。だが私はそれを取るに足らないと一蹴することができなかった。私の記憶に焼き付いて消えないあの男の眼差しと、シンジ湖の湖畔でほんの一瞬でもその夢に同調してしまったわずかな罪悪感が、私にそれを許さなかったのだ。

私は丸眼鏡の男性の言葉に曖昧に微笑む。この複雑な胸の内を、自分から伝えることはしなかった。その必要はないように思われたし、そもそもこの気持ちを言い表せるうまい言葉も持ち合わせていなかった。
彼もギンガ団の一件は早く忘れてしまいたいのか、この件についてこれ以上の言葉を重ねようとはしなかった。

静かな時間が流れていた研究所に、不意に慌ただしい足音が響いた。
ギンガ団の残党かと身構えたが、どうも足音が軽い。

警戒してボールに手を伸ばした私の前に現れたのは、205番道路で泣いていたあの少女だった。少女は幅広のリボンを揺らして、研究員の懐に飛び込む。

「パパー!」

幾日ぶりかの再会を喜び合うふたり。私は彼らのことを見ながら微笑んで、ゴースと共にそっとその場を後にした。




発電所を出た所で、トレンチコートの男に出会った。
やや長くなった影を引きずる彼は、「やあ、君か」と破顔してこちらに近付いてくる。

見覚えのある顔。ええと、確か、コトブキシティで出会った……国際警察のハンサムさんだ。
私が挨拶をすると、彼はそれに応えてから、ハードボイルドを絵に描いたような渋い表情を作る。次いで、この発電所にギンガ団がいるという連絡を受けて急遽駆け付けて来たのだと私に言った。

せっかく仕事で来た彼に少し申し訳なくて、私はギンガ団がもうこの発電所を去ってしまったことだけを控え目に告げる。するとハンサムさんはその眉間に僅かに皺を刻みながら「確認してくる」と言い残し、慎重に発電所の中に入っていった。

しばしの後、彼は血相を変えて戻ってきた。

「ギンガ団を追い払った白いコートの少女とは君かね!?」

隠す必要もないと思ったので、私は小さく頷いた。私の隣で、ボールから出たままのゴースが高らかに鳴いた。

ハンサムさんは「そうか! すごいな! 素晴らしい! まだ若いが立派なトレーナーなんだな!」と手放しの賛辞を私に送る。
なんだか気恥ずかしくなった私がそれを否定する前に、彼は矢継ぎ早に次の言葉を続けた。

「私は逃げたギンガ団を追いかけよう。なんでもハクタイにアジトがあるらしいのでな」

ハクタイにアジト。
確かハクタイシティは、ソノオタウンを出たら次に行こうと思っていた街だ。ハクタイの森を抜けた先にある、テンガン山の麓にある街。

では! と片手を上げてポーズを決めてから勢いよく去っていったハンサムさんに心の中でお礼を言って(アジトの情報をありがとう)、その背中を見送った。開きかけたこの道は、どうやら確かに先に繋がっているらしい。

次こそ、あの碧い瞳の男に近付けますように。
谷間に吹く風が、私の髪をふわりと巻き上げる。髪が乱れるのも気に留めないで記憶の中の暗い瞳を見つめていると、不意に、私のすぐ隣でゴースが物憂げな声をあげた。それから、なにか言いたげに私の首筋にそっと寄り添ってくる。
私はシンジ湖の思い出から私の隣にいるゴースの方へ視線を移して、彼の曖昧な輪郭をそっと撫でた。……そうだね。今度は、ゴースにも心配をかけないようにしないと。


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