ハクタイの森を目指して、205番道路を歩いてゆく。
緑の平地と起伏の激しい岩山が混在する傾斜の激しい上り坂が続く道を、すいすい昇っていくゴース。
こういう時、ゴーストタイプ独特のあの浮遊感がとても羨ましくなるのは私だけではないはずだ。
「待ってよー」
自分でも情けないくらいへろへろの声が出た。
先を漂う彼がゆるりとした動作でこちらに舞い戻ってくる。そして、私の背後に回り込んだかと思うと、ガスの体をめいっぱいに使って私の背中を押そうとしてくれた。
しかし、質量のない彼の体では物理的に私を押すことは不可能だった。ガス圧で、首周りの髪の毛がわずかにそよぐ。それだけ。
でも、彼のそんな心遣いは、萎えかけていた私の足と心をとても元気付けてくれた。自然とこぼれた笑みのまま、「ありがとう、元気でたよ」と言うと、彼は満足げな表情で頷いた。
余裕が生まれたことで、私の視野も広がった。この辺りの草むらには、今まで見たことのなかったポケモンがちらほらいる。また、道の脇に生えた木には色とりどりのきのみがなっていた。
野生のポケモンと闘い、きのみを採集してはコダックじょうろで水をやり、私はこの205番道路を堪能しながらゴースといっしょにずんずん進んでいった。
アロマなお姉さんのチエに声をかけられたのは、お昼もだいぶ過ぎた頃だった。トレーナー同士の挨拶を交わして、互いにボールを放る。
「わたし、ポケモンもいいかおりの子が好きなの」
そう言いながら彼女が繰り出したのは、確か、「ロゼリアだ!」
はじめて見るポケモンに、私は思わず歓声をあげてしまう。すうっと息を吸い込めば、素敵な花の香りが漂っているのがわかった。
私の繰り出したフワンテは、私がロゼリアに夢中になっているのが気に食わなかったのか、バトルに出したにも関わらず私に擦り寄ってきて、出会った時と同じように右手に巻き付いてきた。
私は少し苦笑を漏らしながらフワンテの頭を撫でる。勿論きみの方が好きだよ、というように微笑みかけると、フワンテは満足したように私から離れてロゼリアと向かい合った。
先に動いたのはフワンテだった。ロゼリアに向かって飛び出して、その二本の手で相手に絡み付いた。
ロゼリアは動きを封じられてしまったが、チエさんは全く平気な顔でロゼリアに指示をだす。
まずい、と思った私は退却を命じようとしたが、この間合いでは間に合うはずがなかった。
「ロゼリア、痺れ粉」
赤いバラのような手から勢いよく噴き出した粉が、きらきらと輝きながらフワンテに降り注いだ。
ぎょっとしたフワンテは急いでその場を離れたが、その動きが明らかに鈍い。私の頭の横で、ゴースが心配そうに小さく鳴いた。
「マジカルリーフ!」
「フワンテ、風おこしっ、」
ロゼリアの左右のバラから放たれたマジカルリーフがフワンテ目掛けて飛んでくる。
風おこしでマジカルリーフを掻き消そうとしたのだが、フワンテは体が痺れて動けそうにない。マジカルリーフがフワンテを襲う。
「いいわよ、葉っぱカッター!」
「風おこし!」
体の痺れが和らいだ一瞬をついて、フワンテの風おこしが決まった。
葉っぱカッターを巻き込んで、大きなつむじ風が相手にぶつかる。その隙をついて私はフワンテの様子をうかがう。
「フワンテ、まだ痺れある?」
フワンテは、ややぎこちなくはあったがこちらを振り向いて、その首を横に振った。
まだ痺れがかなり残っているようなら棄権するつもりだったけれど……彼にはそんな気は毛頭ないらしい。思えば、これはフワンテにとって初めてのトレーナーとのバトルだった。勝って終わりたい気持ちは、ここにいる誰よりも強いに違いない。
ダメージを受けたロゼリアが立ち上がる。体勢を整えて、両のバラを構えた。
なにがくる? どうすれば勝てる? 私は相手のロゼリアとトレーナーの動きを見逃さないように神経を張りつめる。極度の緊張感の中、チエさんは高らかにこう指示を出した。
「ロゼリア、やどりぎのタネ!」
「小さくなる」
間髪いれずに、私も指示をとばした。やどりぎのタネはどうしても避けなければならない。この状態で相手に体力を吸い取られては、勝ちの目はぐんと遠ざかってしまう。
思惑通り、やどりぎのタネは不発に終わった。私は少しだけ息をついてから、小さくなったフワンテにそのまま相手に見付からないように近付くよう指示を出す。ロゼリアの顔に緊張が走る。
「ロゼリア、マジカルリーフで一掃しましょ」
チエさんの言葉に頷いたロゼリアは、両手からマジカルリーフを放ちながら体を回転させる。なるほど、360度死角なく攻撃することができる攻守揃った強力な一手だ。
しかしマジカルリーフの嵐の中、フワンテは麻痺した体を引きずって、なんとかロゼリアの足元にたどり着いた。
「フワンテ、驚かす!」
ロゼリアの足元から急激に現れたフワンテはロゼリアを跳ね上げるように大きく大きく膨らんで、ロゼリアを睨みあげた。
突然現れたフワンテを見て、ロゼリアは怯んでしまったらしい。よし、
「風おこしよ!」
フワンテが二本の手をふわりと揺らして、ぎゅるっと体を回転させる。
巻き起こった風は真っ直ぐにロゼリアに向かっていった。
「ロゼリアってとってもいいかおりですね!」
私が笑顔でそう言うと、チエさんは「そうでしょう!」と嬉しそうに声を弾ませた。
小さなロゼリアの体をちょんとつつくと、彼女はくるりと踊るように優雅に回転して、その香りを振り撒いてくれた。
すると、やっぱりフワンテが私の右手にぎゅうぎゅうと絡み付いてきた。それから、風船状の頭を私の二の腕に甘えるようにこすりつける。
チエさんは優しい印象の瞳を細めて、「仲がいいのね」と言って笑う。私もそれにつられるように笑ってから、フワンテの頭を二度、撫でた。
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