頭上高く繁る木々が日の光を遮っているせいか、ハクタイの森の中は日が出ているにも関わらずどこか薄暗く、突き刺すように寒かった。
風が吹くたびに梢がざわざわと揺れる。あちこちから枯れ枝を踏むような音もひっきりなしに聞こえてくるけれど、森の茂みが隠してしまっているのか、音の主は見つけることができない。音はするのに姿が見えないというのは、なんだかちょっと、恐ろしい。
極相林の様相を呈する深い森。私はそれに微かな恐怖と畏怖の念を抱きながら、一歩ずつ進んでゆく。
ふと隣を見遣ると、ゴースはなにやらふらふらしながら、私の近くを漂っていた。
……どうしてあんなにふらふらしているんだろう? 調子が悪いのだろうか、とも思ったが、しかし彼は相変わらずの笑みを浮かべていて、調子が悪そうには見えない。
不思議に思った私は、彼の動きをじっと観察してみる。
しばし彼を見つめた後、私はあることに気付いた。木々の梢からもれてくる木漏れ日が、あれだけふらふら動いている彼には全く当たっていない。
ふわふわと漂うゴースが、実は木漏れ日を避けて影の部分だけを進むというちょっとしたお遊びに興じていたことに気付いたのは、それから数秒後のこと。
はたと気付いて視線を彼にやれば、ゴースはようやく気付いたか、と言いたげな得意げな笑顔を浮かべて私の周りをくるりと一周回ってみせた。
彼の動きにつられて、ぐるりと周囲を見回す。その瞬間、少しの恐怖心のせいで狭まってしまっていた私の視界が、ぱっと開けた。
今まで薄暗いことに気をとられて気付かずにいたけれど……、梢の隙間からは、純白の太陽光が漏れてきていた。その僅かな光は、暗い地面に木漏れ日として落ちて、不思議な模様を浮かび上がらせる。
しかもそれは、森が風に揺れるたびにその形を変えてゆき、同じ模様は二度と描かれることはない。その様子は美しくもあり、同時に目に楽しくもあった。
薄暗くて少し怖かったハクタイの森が、ゴースのおかげで一気にその印象を変えた。
「よし、」
私は、ゴースとは逆に光の落ちるところだけをぴょんぴょんと踏みながら進んでみることにした。
ちらりとゴースを見遣れば、私の意図を理解したのだろう、もとから上がっている口元の両端を更に持ち上げて、にやりと笑う。
私が光から光へぴょんと跳ぶと、彼は影から影へすいっと飛ぶ。
そんなことを数度繰り返してから、私たちはどちらからともなく声をあげて笑った。
ハクタイの森はまだ歩きはじめたばかりだ。彼と一緒なら、きっともっと楽しいことがあるに違いない。
私は期待に高まる鼓動を確かに感じながら、ゴースと笑い合いながら森を進んでいった。
「あのっ、」
不意に、女性の声が私たちを呼び止めた。
声のした方を振り返ると、そこには深緑色の髪をした女性が一人、立っていた。腰まで届こうかという長髪を頭の後ろで一本の三つ編みにして、それを肩から体の前に垂らしている。
同じく緑色系統の服装に身を包んでいる彼女は、その長いスカートをふわりと揺らして、こちらに歩み寄ってきた。
「はじめまして、あたしの名前はモミ」
穏やかな笑みを浮かべて、彼女はそう自己紹介をした。
私も「ナギサシティのナマエです」と名を名乗り、ぺこりと頭を下げる。それから、「こっちはパートナーのゴース」と付け加えた。
モミさんは私とゴースに「こんにちは」と挨拶をしてから、髪と同じ深緑の瞳に少しばかり申し訳なさそうな色を浮かべながら、こう切り出した。
「ねえナマエさん、お願いがあるの」
彼女の足元を包む焦げ茶の編み上げブーツが、足元に堆積した落ち葉を踏んで乾いた音をたてた。
モミさんは一瞬その音にひるんだように言葉を切り、しかしそれが自分がたてた音だということにすぐに気付いて、おずおずと話を再開した。
「あのね、この森を抜けたいけれど、あたしひとりじゃ心細いの。ギンガ団っていう怪しい人がうろついてるって聞いたし……」
私は彼女の話に大きく頷いた。ハンサムさんの情報では、ハクタイシティにギンガ団のアジトがあるという話だ。この森にギンガ団がいても、地理的になんの不思議もない。
私の肯定に水を得たらしいモミさんは、その大人しそうな声を少し弾ませて、こう言った。
「旅は道連れって言うでしょ。
ね? 一緒に行きましょうよ!」
私の答えは決まっていた。
旅の道は持ちつ持たれつ、困った時は助け合う! というのが旅人の心得であるらしい。それに困っている人は放っておけないし、なにより。
私はゴースがいたから、この森が怖くなくなったのだ。モミさんも、きっとひとりじゃ心細い。
ゴースが私にしてくれたみたいに、私もモミさんの不安を取り除けるのなら、こんなに素敵なことはないと思った。
「こちらこそ! よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げると、モミさんは「ありがとう!」と安心したようにその双眸を優しく細めた。
「傷付いたポケモンは全て治してあげますからね」
きらきらと降り注ぐ木漏れ日がモミさんの白い頬に落ちて、柔らかく微笑む彼女の顔に不思議な陰影を形作った。
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