ナマエさんは、やっぱり不思議な人だった。
ひとりでハクタイの森に来たはいいが、本当にあたしひとりで抜けられるのか不安になっていたところに、彼女は現れた。
まず聞こえたのは高らかな笑い声。それから、軽やかに草を踏みしめる小さな足音。
思わず振り返った先に、彼女がいた。私はその姿を見た瞬間、言葉を失ってしまった。
木漏れ日の光の中に唐突に現れた少女は、その柔らかな髪をふわりと揺らしていた。着ている白いコートが薄暗い森の中の僅かな陽光を優しく反射して輝く様は、少し大袈裟かもしれないけれど、まるで昔話に出てくる森の妖精のようでもあった。
声をかけた私の方を振り返った彼女の顔がまた忘れられない。碧い瞳をぱちりと開いて、まるで小さなパチリスのようなあどけない表情をこちらに向けたのだ。
その表情にまた見とれてしまったあたしは、思い出したように自己紹介をしながら2、3歩彼女に近付いた。
すると彼女は、その碧い瞳をふっと細めて、にっこりと笑った。少女特有の、無邪気な笑顔だった。
あたしたちは、いろいろなことを話しながら森を歩いた。
好きなポケモンのこと、今までに訪れた町のこと、私の髪のことと(長くて綺麗な髪が羨ましい、と彼女ははにかんだように笑った)、それから、亡くなってしまったというルクシオのことも、少し。
色んなことに興味を持ち、心から楽しそうに笑うナマエさん。彼女のあどけなく可愛らしい面ばかりを見ていたあたしには、ルクシオのことを語った時の彼女の静かな横顔は、ぐっと大人びて見えた。
「でもね、ルクシオのおかげで今の私があるんです」
あたしは彼女の魅力の一端を垣間見た気がした。長い冬を堪えて堪えて咲く花が美しいのと同じように、彼女の持つしなやかな強さがあの可憐な微笑みを生み出すのだろう。
「それに、ゴースにも会えたし!」
いつもの笑みに戻った彼女に、私は出会った時から疑問に思っていたことをぶつけてみる。
「そういえば、ナマエさんはゴースをボールに入れないのね」
ポケモンをボールに入れないトレーナーは時折見かける。
連れて歩きたいから。自由にさせてやりたいから。あるいは護衛だとか、芸の相棒だとか、彼らが担っている役割、理由は様々だ。私はごく簡単な質問のつもりで、それを口にした。
彼女はちらりとゴースを見遣って、彼の方にその左手を差し出す。
ゴースはその手に頬擦りをするように近付いて、そのまま彼女の腕に寄り添って漂い始めた。
「私がギンガ団に襲われた時、この子がボールから勝手に飛び出して私を助けてくれたんです」
私は耳を疑った。
この少女がギンガ団に襲われたことがあり、今無事にここにいることもそうだが、それよりも、ポケモンがトレーナーの意志とは無関係に勝手にボールを出るなんて。
「それ以来、どうやってもボールに戻ってくれなくなったの。
私があんまり頼りないから、守ろうとしてくれてるのかもしれない」
驚きで言葉を失うあたしを、彼女のゴースが真っ直ぐに見つめていた。ゴースらしい不敵な笑みで、まるであたしの動揺を見透かすように。
ポケモンが自分の意志でボールを捨てるなんて、あたしは聞いたことがなかった。ポケモンがトレーナーの言うことを聞かないのは、力ないトレーナーに対する反発からくる行動だと聞いたことがある。しかし、ゴースの場合は違う。彼はトレーナーに対する親愛から、ボールに入ることを拒絶しているとしか思えない。
「それに私、ゴースと旅するのとっても楽しいの」
満面の笑みを浮かべてゴースと戯れる彼女は、もしかしたら想像もつかないくらいすごいトレーナーなのかもしれないと思った。
あたしが初対面の彼女にこんなにも引き付けられたのは、そのせいなのかもしれない。
あたしはいずれ彼女が成すであろう偉業を思いながら、ただ「そうなのね」と優しく微笑むに留めておいた。
それ以外のことは、うまくことばに出来そうになかった。
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