「……今日はやけに静かだな」
電話の向こうのデンジが、珍しそうにそう言った。
私はそれに何か返そうと口を開きかけたのだが、しかし、急速に気持ちが萎んでしまって。彼の言葉に応えることなく口を閉じる。
……でも、このまま無視をするのもさすがによくない気がした。私は、今の自分にできる精一杯の返事として、画面の向こうのデンジに小さく一度頷いた。
「……なんだよ、重症じゃないか」
私は再び、小さく頷く。
私が黙ったままなので、デンジも喋り辛いようだ。彼は困ったように頭をかき、やや投げやりに「なんか喋れよ」と言ってから、また黙り込んでしまった。
ポケモンセンターの一角に、まるでお通夜のような雰囲気が流れているのが自分でもわかる。が、わかったところでどうしようもない時もあるのだ。
デンジは呆れたように大きくひとつ溜息をついた。
「だからやめとけっつったろ」
私が旅に出たことを指して言っているのだとすぐにわかった。
デンジは、お前に旅は無理だと再三言っていた。あの時はそんなことはないと声高に反対したが、今は少しだけ、彼が私の旅に反対してくれていることに感謝することができる。
「帰って来ればいい。ハクタイだろ? すぐ行けるぜ」
彼は迎えに行こうと優しく言って、私の肯定を促すような眼差しで画面越しに私を見つめる。
昔からこうだ。彼はこうやって私を甘やかしてくれる。
私はそんなデンジを見て、力無くはあったが、少しだけ笑った。
デンジはずっと、『旅に出ない私』を私に提示してくれていた。だから私は、私の意思で旅をする私を選べるのだと思う。
ハクタイの森の入り口で出会った老女のことを思い出す。デンジは、彼女と同じだ。私に、自分で選ぶことのできる選択肢を与えてくれている。選択できるということがどんなに豊かなことか、私はもう知っている。
ありがとう。
「……今だけ、今だけよ。
一晩寝たら、ちゃんとまた元気になるから」
私がそう言うと、彼は少しだけ寂しそうに、「そうか」と言った。
それを聞いた私は、また少し笑った。今度はさっきよりも、幾分かはっきりと。
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