空を飛ぶ際の風圧でガスの体の相棒が吹き飛ばされてしまわないか少し心配だったけれど、それは杞憂に終わった。
無事にゴースと一緒に辿り着いたクロガネシティは、以前訪れてからまだ10日も経っていないのに、なんだかとても久しぶりに感じられた。
私たちは、その足でクロガネ炭鉱に向かった。
ヒョウタさんの好意で作業着を借りて、炭鉱入口の小屋で着替える。一番小さなサイズを借りたが、女の私には少し大きい。仕方がないと諦めて、そのまま坑道を潜っていった。
坑道の途中ですれ違った炭鉱員の男の人達は、皆ヒョウタさんを見かけると作業を一時中断して彼に挨拶をする。
若くして炭鉱を任されている実力者だとは聞いていたけれど、細身のヒョウタさんからは、炭鉱のボスをなんとなく想像出来ないでいた。でも実際にその現場をみて、私は彼がクロガネ炭鉱を守っているのだということを実感した。
炭鉱員は皆、土方作業員らしい屈強な、しかしどこか愛嬌のある笑顔でヒョウタさんに挨拶をする。ヒョウタさんがいかに信頼されているかが、それを見れば一目でわかった。
また、同時に古参の炭鉱員からは家族のように可愛がられているらしく、私をつれている彼を見て「おうヒョウタ、デートか?」「炭鉱につれてこられて、嬢ちゃんも大変だなあ」とからかうような声をかけて、ヒョウタさんを少し困らせたりもしていた。ヒョウタさんは「デートじゃないよ、残念ながら」と彼らに苦笑を投げ掛けていた。
そんな彼を見た私がくすりと笑うと、ヒョウタさんはまた困ったように眉尻をさげて、かすかに肩をすくめた。
足元に気を付けながら、徐々に炭鉱を進んでゆく。
ヒョウタさんは私に歩調を合わせながら私の三歩前を進んでいたのだが、ふと足を止めてこちらを振り返った。
「ここだよ」
見れば、その先は行き止まりだった。坑道を進みはじめた時と比べて幾分か狭くなった穴の中で、彼はその行き止まりの壁の一点、私のおへそくらいの高さの位置を手で示した。それから体を坑道の側壁に付けて、私に隣に来るように促す。
私は彼の隣に立ち、彼の指差した壁の一点を覗き込んだ。
くるくると渦巻きを描く幾何学的な模様がそこにあった。これが化石だとすぐにわかった。
思わず、わあ、と声が漏れる。ヒョウタさんはくすっと笑って、「喜んでくれてるみたいで、嬉しいよ」と言いながら発掘道具の入ったウエストポーチから小さなピッケルとハケのようなものを取り出して私に差し出した。
驚きと困惑の入り混じった表情を湛えてヒョウタさんを見遣ると、彼はまたくすりと笑って、私たちが初めて出会った時のように「見てて」と言って化石の前に膝をついた。
彼の手際は鮮やかだった。
化石の輪郭とおぼしき部分からやや離れたところの土をピッケルで僅かに崩し、それをハケを使って丁寧に避ける。またほんの僅かを崩し、丁寧に避ける。変わったことなど何もないその地味な作業の反復だが、彼の手つきは丁寧で無駄がなく、見ていて飽きなかった。
「簡単だよ。やってごらん」
そう言って彼は私に道具と場所を譲る。
私は覚悟を決めて、化石の発掘に取り掛かった。
化石が崩れるのが怖くて、私はヒョウタさんがピッケルを使って崩した砂の更に半分以下の量を弱く崩し、ゆっくりとハケで避けていく。
化石は、崩れたらきっともう戻らないのだ。とても慎重にならざるをえない。そんな私の手元を隣で見ていた彼は、ふふ、と笑ってこう言った。
「丁寧なのは何よりも大切なことだ。発掘でも、採掘でも」
私の慎重さが肯定されたのだと思う。
ゆっくり、手探りでいい。そう思うと、幾分か心が楽になった。
きっと、水色の髪の男のことも、ゆっくり手探りでいいのかもしれない。あれこれ思い悩んだって、たぶん、仕方ないのだ。
現に、ハクタイシティで彼と再開できたのは本当に偶然だった。
「化石は、1億年前の地球の様子を教えてくれるために、長い時間を超えて僕らの時代にやって来るんだ。
この化石はたった今、偶然僕らの前にいる。それってすごいことだと思わない?」
私は、しっかりと頷く。
広大な時間と空間の中で、私たちは巡り会った。
「奇跡みたいに、素敵なことですね」
私がそう言うと、ヒョウタさんは「うん」と頷いて、化石を見て目を細めた。
私は、きっとまた彼に会える。美しい化石を見ながら、理由なくそう確信した。
[ 46/209]← →