たっぷり時間をかけて化石を掘り出して炭鉱を出た時には、クロガネの町はもう夜になっていた。
ヒョウタさんは化石を私にくれると言ったのだが、私は少し考えて、それを丁寧に断った。化石よりも大切なものを貰ったので。そう言うと、彼は一瞬きょとんとした表情を作ったが、すぐにあの穏やかな笑みに戻って、「そうか」と言って頷いてくれた。

それからヒョウタさんは、私をポケモンセンターの前まで送ってくれた。
頭上で煌めく星を眺めながら、歩く。

「あれとあれと……あれで、ゴース座!」

私が新しくデタラメな星座を作ると、ゴースは嬉しそうに辺りを飛び回った。ヒョウタさんはそんな私たちを見て、ふふふ、とあの優しい笑みを作る。

「ナマエちゃんは、どうして旅をしているの?」

ヒョウタさんが星空を眺めながら、ふとそんなことを尋ねた。
私は、デンジといっしょにシンオウの空を東から西に飛んだあの日のことを思い出す。

旅に出れば、強くなれると思っていた。
多分私は、新しい出会いをして辛い記憶を――ルクシオのことを、忘れたかったのだと思う。確かに、ゴースたちと出会ってルクシオの思い出に囚われることは減った。だが同時に、どんなに時間がたって強くなれたとしても、ルクシオへの思いは断ち切れないであろうことも感じていた。
私はあの日、ナナカマド博士に自分と向き合って前に進みたいと言った。それが強さだと思っていた。自分と向き合うってどういうことだろう。私は、前に進めている?

「……最初は、強くなりたかったんです」
「強く?」
「はい。辛いことを忘れられるくらい、強くなりたかった」

でも、今でもあの星たちを繋げば、ルクシオの笑顔に見える。彼はずっと私の中にいるし、たぶん、それはこれからも変わらない。

「でも、きっと忘れられない」

ルクシオの笑顔が瞬いた。私はまだ、こんなに鮮明に彼を。

「……それでいいと思うよ。
化石と同じさ。ずっと昔のことを忘れずにいれば、いつか姿を変えて君のことを助けてくれる」

彼は星空から私に視線を移した。眼鏡の奥の柔らかな瞳が私を見ている。

「本当の強さって、なんだろうね」

ほんとうの強さ。
彼の言葉が、私の胸にぴんと響いた。

「……探してみます」

これからの旅で。
それを見付けたときが、私の旅の終わりなのだろうか。

ヒョウタさんからすっと視線を外してゴースを見遣ると、彼は私の指さした星たちをまだ見つめていた。





翌朝は、ヒョウタさんが私をポケモンセンターまでむかえに来てくれた。朝の挨拶を交わして、プテラの背中に飛び乗る。

ハクタイに戻る途中、私はプテラの上でヒョウタさんの背中につかまりながら、彼にデンジのことを尋ねるべきか否か、思案していた。

これは私の勝手な憶測だけれど……おそらくヒョウタさんは、落ち込んだ様子の私を心配したデンジになにか言われて、ここまで来てくれたのではないだろうか。
だとすれば、ヒョウタさんがハクタイにいたことも、その理由を尋ねた時のやや不自然な回答も、説明がつく、はず。頭をもたげた好奇心のまま私は、ゆっくりと口を開く。

「……ヒョウタさん、」
「なんだい?」

ヒョウタさんは真っ直ぐ前を向いたまま、いつもと同じ調子でそう言った。私はそんな彼に、なんと言葉を続けるべきか迷う。
逡巡する私の脳裏に浮かんだのは、お昼過ぎのハクタイシティで出会った時のヒョウタさんの顔だった。浮かない顔をしていた私のつたない嘘を、何も言わずに包んでくれた、やわらかい微笑み。

私がデンジの名前を出せば、彼は事のあらましを正直に話してくれるだろう。
けれど、もしもそうしてしまったら、私の嘘を見逃してくれたヒョウタさんの優しさは、きっとそのかたちを変えてしまう。そうして満たされるのは、私の小さな好奇心だけだ。

ヒョウタさんの腕を掴む右手の力が、少しだけ強くなる。それでもヒョウタさんは真っ直ぐ前を向いたまま、私の言葉を待ってくれた。
きっと彼は、私があの時言葉を濁したことも、今なにを言おうとしているのかも、わかっているのだ。にもかかわらず優しい沈黙をくれるヒョウタさん。なんて大人なんだろうと思った。そんなふうに私もなりたいと、思った。

私はヒョウタさんにデンジについて尋ねるのをやめた。ヒョウタさんが言わなくてもいいと思ったのなら、それでいいのだ。そんな些末なことよりも、私に向けられる優しさを大切にしよう。

「……本当に、ありがとうございました」

やや長い沈黙の果てにようやく口にした感謝の言葉に、ヒョウタさんはからからと笑った。

「どういたしまして」


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