ナタネさんと私の試合は、ジムトレーナー戦で消耗した私のポケモンが回復するのを待って、翌日に行われることになった。

一晩じっくり休んで元気になったポケモンたちを連れて再びジムを訪れた私は、その光景に唖然としてしまった。
昨日までジムの中央にあった花時計はその姿を消し、代わりに緑溢れる広いバトルフィールドが出現していたからだ。

「ナマエさん、」

ジムで私を待ち構えていたナタネさんが笑顔で私に声をかけた。

「ポケモンの調子はどう?」

「ばっちりです!」と声を弾ませると、彼女は「それはよかったわ」と言って明瞭に笑い、それからゴースを目に止めて、昨日と同じようにびくりと肩を震わせた。ゴースがそんなナタネさんを見て、ゆらりと彼女の方に近付こうとする。

私が「こら、」と彼を宥めたのと、彼女が大きく二歩ゴースから離れたのがほぼ同時。

……ナタネさんは、ゴースが苦手なのかしら。
そう思いながら彼女の顔を見つめると、それに気付いた彼女はこほん、とわざとらしい咳ばらいをしてから(その頬は少しだけ、照れたように染まっていた)、
「早速試合をはじめましょ!」
と、あのジムリーダーらしい強気な笑みに戻って言った。





「使用ポケモンは3体、ポケモンの交代は挑戦者のみ認められます」

ジム付き審判のコールで、私たちは同時にポケモンを繰り出す。

私は、まずはゴースを選んだ。
私が視線を送ると、彼は私の脇をすり抜けて勢いよくフィールドに飛び出してゆく。

ナタネさんのボールから出てきたのは、ナエトルだった。
ナエトルには見覚えがあった。コウキくんが博士から貰ったという草ポケモンだ。彼と一緒に204番道路でギンガ団と戦った時に見た葉っぱカッターの威力はよく覚えている。

しばしの睨み合いの後、私とナタネさんの声が重なった。

「ナエトル、葉っぱカッター!」
「ゴース、不意打ち!」

ゴースの姿が揺らぐ。
ナエトルが葉っぱカッターを出そうとしたその瞬間に、一気に距離を詰めてその正面から攻撃を浴びせた。

「追撃よ、舌で舐める!」

ゴースはそのままナエトルの顔をべろりと舐めあげてから、反撃に備えるようにふわりと距離をとる。しかし、私とゴースの予想に反して、ナタネさんは補助技を選んだ。

「ナエトル、光合成よ!」

ナエトルはガラス張りの太陽から降り注ぐ光を受けて、体力を回復し始めた。
せっかくゴースが初撃で与えたダメージが回復されてしまう。私は慌ててゴースに次の攻撃を指示した。

「ゴース、ナイトヘッド!」

ガスの体が禍々しくその形を歪め、そこから闇色の光線が放たれる。
回復途中のナエトルに軽くヒットしたが、回復された分も考慮に入れて、ダメージはあまりないだろう。

回復を終えたナエトルが高く鳴く。それを合図に、ナタネさんは再び攻撃を開始した。

「ナエトル、剣の舞い!」

私は少し疑問を覚える。
ついさっき剣の舞いなしで葉っぱカッターを放ったナエトルが、今になって攻撃力をあげる補助技を使っている。なぜ。
その理由は分からなかったが、なにか嫌な予感がした。予防線を張るために、私もゴースに得意の補助技を使ってもらった。

「ゴース、怪しい光」

ゴースの怪しい光を受けて、ナエトルは混乱する。
しかし、彼女のその大きな瞳は混乱に曇ることなく真っ直ぐにゴースを見ていた。混乱は、命中しても必ず相手の動きを止められるわけではない。ナエトルの意志の強さをひしひしと感じながら、私はゴースにこう声をかけた。

「大丈夫、そのまま相手の動きを見て!」

今はまだ症状はでていないが、しかし、怪しい光は確実にナエトルに命中している。きっとチャンスは巡ってくるはず。
私とゴースの視線の先で、ナエトルはゴースに向かって駆け出した。彼女の背中に、ナタネさんが力強く声をかける。

「ナエトル、噛みつく!」

口を大きく開けて地面を蹴ったナエトルを、ゴースはぎりぎりまで引き付けて何とかかわした。
安堵したのも束の間、ナエトルは素早く地面を蹴って体の向きを整えると、今度はゴースの背後めがけて襲いかかった。

「連続で噛みつく!」

ナエトルの丈夫そうな顎がゴースに迫る。悪タイプの噛みつく攻撃は、ゴースには効果抜群の威力だ。しまった、と私は思ったのだが。
気力で混乱を抑え込んでいたナエトルの限界が来たのか、遅れて混乱が生じたようで、彼女はそのままゴースの脇をすり抜けてフィールドの大木にがぶりと噛み付いた。ナタネさんが、ああ、と嘆息を漏らす。

ゴースの蒔いた混乱の種は、やや遅れたものの、しっかりと実を結んだようだ。よし、今だ。私は大きな声でゴースに恩返しを使うように言う。
白い光を纏って、木にかぶりつくナエトルにぶつかったゴース。その勢いは木の幹を削り、ナエトルを大きく弾き飛ばした。

「ナエトル、戦闘不能!」

ナタネさんはナエトルを倒されても不敵な笑みを浮かべたまま、私に向かって口を開いた。

「ゴースが物理攻撃でこれだけの威力を発揮するとは、あなたのゴース、よく懐いているのね」

褒められたことが嬉しくて、私は「ありがとうございます!」と顔をほころばせた。ゴースも当然だと言うように一声鳴いた。
そんな私たちを見てにこりと笑ったナタネさん。次のボールを構えて、それを力強く放る。

「じゃあ、あたしの二番手いくわよ!」

続いてフィールドに現れたのはチェリムだった。

「普段、バッジひとつのチャレンジャーはチェリンボで相手をするんだけど……」

挑発的な微笑みが私を射止める。
ジムリーダーは相手の実力に応じたポケモンで挑戦者の力を計る。普段は使わないポケモンを出されたということは、私の、それからゴースの力が認められたということだ。

「チェリムでお願いします」

私が言うと、ナタネさんは愉快そうに唇の端を持ち上げた。

「ズバリ、そう来なくちゃ!」

チェリムがその体を大きく震わせる。それに注意を引かれた私。先攻を取ったのはナタネさんだった。

「チェリム、にほんばれ!」

チェリムが天に祈りを捧げるように上空を仰ぎ見る。
ガラスの向こうの空に浮かんでいた白い雲がみるみる間に姿を消して、煌々とした日差しがフィールド全体を明るく照らした。

と同時に、今までマントでその顔を頑なに隠していたチェリムがそのヴェールを脱ぎさった。
薄いピンクの花びらがかわいらしい、全く姿の違うポケモンがそこにいた。

「チェリムは天気がいいと姿が変わるの」

驚く私にナタネさんが説明を加えてくれる。
彼女はにやりと笑ってこう続けた、「その強さも、ね!」

チェリムが地面を蹴って飛び上がる。
小柄な彼女の体が、一気にゴースの正面に踊り出た。

「マジカルリーフ!」

こんな至近距離では避けられない、どうすれば……。
私が指示を迷っている間にゴースはマジカルリーフを正面から受けてしまった。
さらにチェリムは、ゴースが体勢を立て直すより早く次の攻撃に転じる。

「チェリム、ソーラービーム」
「ゴース、森の中にっ」

隠れて、という部分は声にならなかった。
日差しの力を借りたチェリムが、恐ろしい勢いでソーラービームを打ち出したからだ。
フィールドにある森の影に身を隠そうとするゴースがちらりと見えたが、彼が本当に身を隠せたかを確認する間もなく、ソーラービームが炸裂してまばゆい光が辺りを覆った。


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