研究所に戻ってゴースを捕まえたことをナナカマド博士に報告すると、博士は少しだけ眉根に皺を作った。
何か失敗してしまったのだろうか、と私は不安に思ったが、博士はごく静かに「ゴーストタイプの技は、ノーマルタイプには効果がないから気をつけるように」と言ってから、
僅かにだがその双眸を柔らかく細めた。

「頑張りなさい」

私は博士の笑顔と言葉に胸がいっぱいになって、ただ「……はい」としか言えないまま、深く頭を下げた。




私は研究所を出てから、デンジと一緒に買ったタウンマップを広げた。
コウキくんのアドバイスによると、さっきゴースと出会った202番道路を北上すると、次の街に着くらしい。しかし私はマサゴタウンの西側、201番道路の突き当たりにシンジ湖という湖があるのを見付けて、道を決めた。寄り道だって冒険の醍醐味だ。

タウンマップを大切に仕舞い、201番道路に足を踏み入れる。
私は今、生まれてはじめて自分の足で冒険をしているのだと思うと胸が打ち震えた。

草はこんなにも生き生きと繁っていただろうか。
風はこんなにも爽やかだっただろうか。
ナギサシティでは小さな花屋に勤めていたが、店のどの花よりも野原に咲く名前もわからないこの白い花の方が美しく感じられるのはなぜだろう。
私は右に左に忙しく視線を動かしながら、ゆっくりと歩いて行った。

「お嬢さん、」

不意に、誰かに声をかけられた。
声のした方を振り返ると、そこには人の良さそうな笑みを浮かべたお兄さんが立っていた。

「旅ははじめてですか?」

何故わかったのか不思議に思いながら大きく頷くと、彼はくすりと笑って「そうだと思いました、あんまり楽しそうにしてるから」と言い、手に持っていた鞄の中から何かを取り出しこちらに向かって差し出した。

「私はフレンドリィショップの者です。試供品としてきずぐすりをトレーナーの皆さんにお配りしているんです。旅に安心を、いかがですか?」
「いえ、そんな、」

悪いです、と言おうとしたのだが、フレンドリィショップのお兄さんはにこにこ笑顔のままきずぐすりを持つ手を更にこちらに伸ばしてくる。彼より遥かに背の低い私でも受け取りやすい位置に、正確に。
なんだか、これでは受け取らない方が逆に悪い気がしてきて、私はおずおずときずぐすりを受け取る。
「あ、ありがとうございます」と言って彼の顔をちらりと見遣れば、彼は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが(なぜだろう)、すぐにあの笑顔に戻って「とんでもございません」と恭しく言った。

「あの、私、シンジ湖に行きたいんですけど、どのくらいかかるかわかりますか?」

きずぐすりを握りしめたまま尋ねると、彼は「2時間もかかりませんよ」と即座に答えてくれた。
片道2時間ならば、シンジ湖まで行って、日が落ちる頃にはマサゴタウンまで戻って来れるだろう。私はお兄さんに重ねて礼を述べると、彼は「いえ、道中気をつけて」と慣れた口ぶりで言った。きっとここを通る人みんなに、そうやって声をかけているのだろう。それに励まされたのは、私だけではない筈だ。
私はぺこりと頭を下げてシンジ湖へ歩きだす。

その背中を、「ご用の際は、ぜひフレンドリィショップへ!」と軽やかな宣伝が追ってきて、
なるほど、これはお店に行きたくなるうまい宣伝だな、と心の中で舌を巻いた。


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