ハクタイジムを出てポケモンセンターに戻る道中、男の人に声をかけられた。
振り返った先にいたのは、鮮やかな浅葱色の髪と独特の服装が特徴的な、ギンガ団の男だった。
ジム戦に勝って浮かれていた私の胸に、静かな波紋が広がっていく。ギンガ団の目指す世界と、あの水色の髪の男の語る言葉の僅かな重なり。それを思い出し、――私は逃げずにギンガ団の男と対峙することにした。
近道をしようと思って足を踏み入れた細い裏道には、私たち以外に誰もいない。彼は高圧的な態度で、私にポケモンを差し出すように命令した。
どうしてポケモンを奪うのかと尋ねたが、彼は「我々の目標のために必要なのさ」と曖昧なことを言うだけで、私の望む答えは得られそうになかった。無意味な問答に辟易したのは私だけではないらしい。ギンガ団の男はその眉を吊り上げて声を荒げた。
「さあ、早くモンスターボールを渡しなさい!」
ジム戦で疲労しきったゴースが、抱きかかえられた私の腕の中で男を睨みつけ、低く鳴く。
傷んだ体を引きずってでも飛び出して行きかねないゴースを制して、私はベルトからボールをひとつ抜き出した。それを見た男は、切り揃えられた前髪の下の双眸をにたりと細めて「いい子だねぇ」と笑う。
私は抜き出したボールを、男に向かってぽんと放った。
ボールは男の手に届く前にぱっくりと割れて、中からコダックが現れる。男の顔にそれまで張り付いていた余裕の笑みが、僅かに引き攣った。
コダックは呑気な表情で頭を抱えているだけだったが、なぜか男は「なんで元気なポケモンがいるんだ……!」と絶句して、じりじりと後ずさっていく。
私はジム戦後の疲労を感じながら、コダックと並んでゆっくりと男に歩み寄った。決して威圧するつもりはなかったのだが、私の気だるげな歩調とコダックの何を考えているかわからない瞳は、却って恐ろしく見えたのかもしれない。男は何かを勘違いしたようで、その場で勢いよく土下座をし、彼の腰についていた3つのモンスターボールをこちらに差し出して「命だけは!」と声を張り上げた。
唐突な事態に、私は面食らう。これでは私が悪いことをしているみたいだ。
私は、なぜか恐怖の対象になっているコダックをボールにおさめてから、男の人に顔を上げるように言う。彼はおずおずとそれに従った。
どうして私からポケモンを盗ろうとしたのか再度尋ねると、彼は一瞬渋るような表情を見せたが、ゴースが一睨みすると彼は堰を切ったように喋りはじめた。
早口にまくし立てた彼の話を頭の中で整理する。
彼含めギンガ団の下っ端の中には、他人からポケモンを奪うことを主な仕事として命じられている人達がいるらしい。それにはノルマがあり、達成出来ないと支給されたポケモンが没収されるというペナルティが課されるのだという。彼はノルマのために、ジム戦後の疲れきったトレーナーを襲い、効率よくポケモンを奪っていたことがわかった。
「……これも、支給されたポケモンですか?」
私が差し出されたボールの1つを手に取って尋ねると、彼はおずおずと頷いた。聞けば、他の2つのボールは彼がギンガ団に入る前に自分でゲットしたポケモンで、私が今持っているボールはたくさんポケモンを奪って上納したご褒美に先日上役から手渡されたものだという。
「ちょっとごめんなさい」
私はそう言ってモンスターボールを投げた。
中から大きなズバットが出てきた。
私は試しにズバットに超音波を命じたが、ズバットは私の命令を無視して飛び続けた。
私は最後にもう一度ズバットを見遣ってから、彼をボールに戻す。
「このズバット、あなたの言うことは聞くんですか?」
ギンガ団の男が頷いたので、私は思わず首を傾げてしまった。
ポケモンは本来、通信機器を通して交換される。そうすることで、ポケモンは新しいトレーナーの言うことを聞くようになるのだと教えられた。
だが、ギンガ団は通信交換をすることなく、奪ったポケモンを使っている。このズバットも、先日"手渡された"と言っていた。通信機器を介していないのに、この男の命令は聞き、私の言うことはセオリー通り聞かない。
なぜ奪ったポケモンがギンガ団に従うのか、以前から疑問だった。
その疑問は解消されないままだったが、私はとりあえず、差し出された3つのボールのうち2つ――彼が自分でゲットしたというポケモンを彼に返した。私にポケモン泥棒の趣味はない。
唖然とした表情で私を見つめるギンガ団の男に、私は「このズバットは交番に届けます。あと、あんまり悪いことしてると、危ないですよ」とだけ言って、ゆっくりと踵を返す。彼は呆然と私を見つめていたが、私はその視線を断ち切って、ポケモンセンターへ歩き出した。
ソノオの花畑で出会ったギンガ団の男の姿が、私の脳裏によみがえる。病院で話してみると決して根っからの悪人と言うわけでもなさそうだったのに、私はそんな彼から生き方のひとつを奪ってしまった。私は、シンジ湖で出会った男に近付きたい。しかし、そのために他人の生き方を否定したり、奪ったりは、してはいけないのだと思う。
それになにより、早くフワンテとゴースを回復してもらいたかった。私は呆然とするギンガ団の男を残して、急ぎ足でその場を去った。
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