ハクタイジムのバッジを手に入れた翌日、私はギンガ団から取り返したズバットのボールを交番に届けてから、ポケモンセンターにあったシンオウ神話の本を持ってポケモン像に向かった。
たくさんの本の中から神話について書かれたものを選んでしまったのは、神話に語り継がれるポケモン像の前であの人に出会ったからだと思う。
水色の髪の男にもう一度会えたら、という淡い期待を抱きつつ向かった先に、当然、彼はいなかった。
わかっていたことだけれど、やっぱり少しだけ落胆してしまって。私は小さく溜息をついてから、像の後ろに回ってその影に腰を下ろした。ゴースにあんまり遠くに行かないようにやんわりと釘を刺してから、シンオウ神話の本を広げる。
ぱらぱらと紙をめくり、ハクタイシティのポケモン像について記されたページを開いた。
少し古い本だからなのか、載っている写真はどれもややピントのぼやけたモノクロ写真ばかりだった。目を凝らして写真をよく見てみる。ポケモン像の周りに沢山の人が集まって、なにかをしている様子が様々な角度から切り取られている。
解説に目を通してゆくと、このポケモン像は、大昔の人が見た強大な力を持つポケモンを象って作られていて、ハクタイでは昔からこの像を中心としたお祭りが開かれていたことがわかった。大きな力を持ったポケモンを畏れ、神として崇めることで、それを鎮めて共生をはかっていた――。
「あらそれ、シンオウ神話の本?」
不意に、落ち着いた女性の声が耳に飛び込んできた。
ぱっと顔を上げて辺りを確認すると、私のことを見下ろす金色の髪の女性と目が合った。私がこくりと頷くと、彼女は知的な印象を与える切れ長の双眸をすっと細めて微笑んだ。
「ああ、突然ごめんなさいね。あたしはシロナ。ポケモンの神話を調べているの」
あなたは? と聞かれた私は、思わずぱっと立ち上がって「ナギサシティのナマエです、旅のトレーナーです」と自己紹介をした。
シロナさんはグレーの瞳に微笑みを湛えたまま、私を真っ直ぐに見つめ続けた。なんだかその眼差しがむずかゆくて、私が困ったような視線を送ると、彼女は「綺麗な瞳ね」と私にぽつりと呟いた。
「昔の知り合いを思い出すわ」
シロナさんが少しだけ遠い目をしたのはほんの一瞬のことだった。
彼女はすぐにポケモン像に視線を転じて、「知ってる? これは、時間と空間を司るポケモンなんですって」と小さく、しかしとてもはっきりと呟いた。
その言葉は、私の脳の真ん中で火花のように弾けた。時間と空間。あの人が再三に渡って口にしていた言葉だった。
「ナマエちゃんは、神話に興味があるの?」という彼女の問いに、私はほとんど反射的に強く頷いた。
彼に繋がるかもしれないなら、どんな些細なことも調べるつもりだった。
シロナさんはそんな私を見て、小さく溜息をついた。
「……その瞳に弱いのよね」
そう、やや自嘲的に呟いて、彼女は懐からなにかを取り出してこちらに差し出した。
「よかったらこれ使って。あたし、あなたを応援したくなっちゃった」
受け取ったそれは、よく見ると居合切りの秘伝マシンだった。
クロガネゲートで岩砕きのそれを貰った時には知らなかったが、秘伝マシンは普通のお店では取引できないとても価値のあるものだと後に聞いた。出会ったばかりの人からここまで大きな厚意は受けられないと思った私は、それをシロナさんに返そうとしたのだが、彼女は静かに微笑んだまま形のいい唇を開いてこう言った。
「あたしにはもう必要ないから、ぜひあなたに使って欲しいの」
そこまで言われてしまっては、私はそれを受け取るしかない。
せめて精一杯の心を込めて、「ありがとうございます」と頭を下げた。
シロナさんは「いいのよ」と軽く笑って、再びポケモン像に視線をやる。
「神話の中には、計り知れない力を秘めたポケモンの影がいくつも見え隠れしているの。このポケモン像もそうだし、各地の湖や、カンナギの壁画にも多くの逸話が遺されている。
ナマエちゃんも冒険を続けていけば、いつか本当にそんなポケモンに出会えるかもね」
そう言って茶目っ気たっぷりに笑ったシロナさんは、私に「じゃあ、がんばってね!」と言い残すと、濃い金色の美しい髪を揺らしてハクタイの市街地へ去っていった。
私はその背中を見送ってから、再び古い本に視線を落とす。
各地の湖にカンナギの壁画、それに、時間と空間のポケモン。調べないといけないことは山積みだ。
私は本のページをめくりながら薄く微笑んだ。
彼への道は、細くはあるがこんなにもしっかりと繋がっている。
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