ギンガ団のアジトはすぐそこにあった。彼らのことを知りたい気持ちがはあったが、旅のトレーナーがのこのこ乗り込んだところでその秘密を教えてもらえるとは思えない。それに、彼らはポケモン泥棒をしたり、発電所の電気を奪ったりしているのだ、よくないことに巻き込まれる可能性だってある。
どう手を出したらいいものか、名案は浮かばなかった。悔しいが、仕方がない。ヨスガシティにいるヒカリちゃんへのお届けものもあることだし、私は先に進むことにした。

ハクタイのフレンドリィショップに赴き、必要そうなものをいくつか購入した。
これから一度ポケモンセンターに戻り、荷物を整えてテンガン山を越えようと思う。

フレンドリィショップの店員さんに、テンガン山を越えるにはどれくらいの日数がかかるか尋ねたところ、数日は覚悟しておいた方がいいと言われた。山の内部には天然の迷路が形成されているらしい。

荷物はなるべく必要最低限にしようと努力したが……、

「少し買い過ぎちゃったかな?」

ゴースにそう問いかけると、彼はさあね、と言うようにくるりと宙を一回転して、脇道の方へ逸れて行ってしまった。

「あ、ちょっと!」

私が慌てて追って行くと、彼は追いかけっこが始まったと思ったのだろう、にこにこ笑いながらすいっと空を滑走してどんどん私から離れてゆく。

「もー待ってよ!」

ゴース! と大きな声で呼び止めると、彼はふわりとその場で制止して、ふよふよとホバリングをして私を待った。
荷物の入った袋を揺らしてゴースに追い付き、私は彼を少しだけたしなめようとしたのだが。私の口から彼を責める言葉が出てくることはなかった。

ゴースが無言のまま視線を送るその先を、つられるように見遣り、私ははっと息を飲んだ。
そこには、自転車屋さんがあったのだ。

サイクルショップじんりき、という看板の下、透明なガラスの向こうに並ぶたくさんの自転車を見て、私はゴースを叱り付けるどころか、彼に微笑みかけて礼を述べることになった。
自転車があれば、サイクリングロードを下って、クロガネからテンガン山に入れる。それは、ヒカリちゃんの待つヨスガシティへの一番の近道であった。

しかし……私は、つい先程買い物をしたばかりの財布を取り出す。
質素倹約な旅を心掛けているとはいえ、やはりバトルの賞金だけではそんなにお金は貯まらない。いくらかの紙幣と少しの小銭の入った財布をポケットに丁寧に直して、私はとりあえず、ダメもとでお店の中に入ってみることにした。

ぴろりん、という入店音と共に開いた自動ドアの向こうの商品展示フロアには、ピカピカに磨きあげられたおしゃれな自転車が並べられていた。
よく見ると、そのどれにも値札はついていなくて、私は思わず身震いをしてしまった。値段が書いてないお店というのは、往々にして高いのだということを、私はテレビからの知識で知っていたのだ。

……だめだ、とてもじゃないけど、私の手には負えそうにない。
私はその場で回れ右をして、静かにお店を出ようとした、その時だった。私の背後、お店の奥の方から、少年の声が聞こえてきた。

「悪いけど、今はオヤジがいないんだ」

声のした方に向けると、カウンターの奥から少年が現れた。釣り目と上がり気味の眉がきつい印象を与える、日焼けした顔。

「だから、売れないよ」

自転車用のグリスで汚れたツナギを着た彼はカウンターに肘をついて、ややけだるそうにそう言った。
私は「そうですか、お騒がせしました」と言って、彼に小さく会釈してからそそくさと店を出ようとしたのだが(お金がないとばれる前に立ち去りたかった)。彼はふと私の後ろに浮かぶゴースに目を止めて、再び私に声をかけた。

「あ、あんた、トレーナーか?」

私は足を止めて彼の方を振り返り、頷いてみせる。
すると彼はカウンターの奥から出て来て、店の一角にある簡素な応接セットへと私を促した。状況がわからず抵抗する私の背を押して、なかば無理矢理ソファーに座らせる。
私が観念したように体の力を抜いたのを確認してから、彼は向かい側に座り、こう切り出した。

「うちのオヤジなんだけど、あいつ、一昨日ギンガ団のアジトに行ったきり戻って来ないんだ」

少年はぶっきらぼうな口調でそう言ったが、その目には口調とは裏腹に心配そうな色が浮かんでいる。

「オレまでいなくなって店を空けるわけにはいかないし……、よかったら、様子を見てきてくれないか?」

彼は危ない頼み事をしている自覚があるのだろう、被っていたキャップをとり、申し訳なさそうにこちらの様子を窺っている。
それは、私にとっては願ってもない申し出だった。ただギンガ団のアジトに押し入っても門前払いにされるか、運よくアジトに入れたとしても相当怪しまれるに違いなかった。
これで私は、ギンガ団のアジトを訪れる口実を手に入れることができた。もしかしたら、あの人にも会えるかもしれない。

とにかく、ハクタイシティを出発するのは延期だ。
私は目の前の少年に、「わかりました!」と返事をする。すると彼は、その顔いっぱいに笑みを広げて「そうか! ありがとう!」と礼を述べてくれた。

「とんでもないです。困った時はお互い様ですよ」

むしろお礼を言いたいのは私の方だった。


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