自転車屋の主人を迎えに来たことを受付の男に告げると、彼は少し待つように言って、左側の待合室を示した。
いくつかの不可思議な機械がある以外は、机に椅子、テレビにごみ箱もある、至ってシンプルなごく普通の待合室だった。
休憩中なのか、下っ端の男がひとり、所在なさ気に座ってテレビを見ていた。私は彼に話しかけようかどうか迷う。少し考えて、でもここで妙ないざこざを起こしては全てが水の泡になりかねないと思い至り、今は大人しくしていることにした。彼から少し離れた所に、小さく座る。
テレビはシンオウニュースネットを無造作に流していた。ギンガ団のアジトの中で聞くニュースは、どこか現実味のない絵空事のように感じられた。
「ようこそ、ギンガ団へ」
ぼんやりテレビを眺めていると、不意に声がかけられた。
振り返ると、今は話さないでおこうと決めた先程の男が、彼の方からこちらに話しかけてきた。
「君もポケモンをくれるのかい?」
ごく爽やかな笑顔で、彼は私にそう尋ねた。
今まで私からポケモンを奪おうとしてきた人たちとは少し違う、まるでそうすることが常識だと思っているような、そんな笑顔だった。
私はそれに絶句しつつ、首を横に振った。すると彼は少しだけ眉間に皺を寄せて、はあ、とわざとらしい溜息をついた。
「だったらさっさと帰りたまえ。自転車屋の親父のように痛い目にあわせるぞ」
それはまるで、子供に『暗くなったら危ないから早く帰りなさい』と諭すような、ごく自然な口調だった。私は再び絶句した。覚悟はしていたが、ここでは私の常識が全く役に立たないことを再認識した。
彼はポケモンを差し出す気のない私から興味を失ってしまったらしい。それ以上なにかを言うことなく、視線をテレビに戻した。
空々しいテレビの音声を聞き流しながら、私は先程ハンサムさんから手渡された紙片をこっそりと開いた。
そこには、慌ただしい走り書きで、このアジトには各階に階段がふたつあり、どちらかは罠であること、調査をしてもギンガ団の目的が見えてこないこと、おそらく下っ端は何も知らずに駒として働いているだけなので、幹部に接触する必要があるだろうことが、箇条書きで記されていた。
私はハンサムさんに感謝しつつ、そのメモを丁寧にポケットに仕舞う。
それからまた少し待つと、受付の男がやって来た。自転車屋の主人は最上階にいることだけを告げて、そのまま去って行ってしまう。
……どうやら、勝手に行っていいらしい。逆に言うと、辿り着けなくても責任は取らないということだろう。
私はすっと立ち上がり、待合室をあとにした。
ギンガ団員の多くは、私が自転車屋の主人を迎えに来たことを伝えると、私から興味を失ってくれた。しかし幾人かは私の話には聞く耳を持たずにポケモンを寄越せと言ってバトルを挑んできた。そんな彼らをゴースで征しながら建物の奥に進むと、ハンサムさんのメモの通りにふたつの階段が現れた。
一方の前にはふたりの下っ端が見張りに着いており、もう一方は階段の前に「君が選んだ道は成功への道」という貼紙がされている。
これは、あの見るからに怪しい貼紙が罠で、見張りがいる方が正しい階段に違いない。
私は意を決して下っ端ふたりの前に踊り出た。私は自転車屋の主人のことを持ち出したが、彼らは部外者を通す訳にはいかないと言って、それぞれズバットを繰り出した。……やはり、こちらが正しい道だったようだ。
私はゴースとコダックを繰り出して真っ向からぶつかり、彼らを倒す。
こんなお子様に負けるなんて、と打ちひしがれる女性の横を擦り抜けて、私は上の階に待ち受ける次なる罠に身を引き締めながら階段を登った。
たどり着いたそこは、全くなんの変哲もない小さな埃っぽい部屋だった。
いくつもの段ボール箱と、それをぼやきながら整理するひとりのギンガ団員。
見る限り、次に進めるような扉はおろか窓もない。完全に行き止まりであった。
……あれ?
私、間違えた?
私は、自分の体を脱力感が急速に支配してゆくのを感じた。罠だと思った貼紙はなんでもない、本当にただただこちらが正しい道であることを示す看板だったということか!
呆然とする私の目の前で、段ボールの整理をしていた男がこちらを振り返る。彼は部外者である私を認めると、私の弁解を聞く間もなくこう言った。
「ギンガ団はすごい! とにかくすごい!
すごすぎて、何がすごいかはわからないけれど、邪魔する奴は許さないぞ!」
罠とはいえないような罠に引っかかってしまった自分が情けなく、私は肩を落としながらバトルに応じた。
ほとんど苦労なく勝ててしまって、私はまたがっくりと肩を落とした。
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