「あなた、無茶するのね。
そういうの、嫌いじゃないわよ」

赤紫の瞳が私を捉えて、愉快そうに細められる。
この女の人も、以前谷間の発電所で出会ったマーズさんと同様にギンガ団の幹部なのだろう。下っ端たちのそれとは違う意匠の凝らされた服装やその言動から、それが窺えた。

「おい、ピッピを返せ!」

不意に、私の背後で自転車屋の主人が声を荒げた。
彼女の視線が彼を捉える。彼女は、まるで聞き分けのない子供を見るかのように嫌悪をあらわに目を細めた。

「ピッピは宇宙からきたポケモンだからギンガ団が貰いますと、何度言ったらわかるの?」
「それは、俺のピッピだ!」
「いいえ、この世の全てはギンガ団のものよ」

彼女は涼しい顔でそう言った。
今までに倒してきた下っ端も、全てのポケモンはギンガ団に献上されてしかるべきだと言っていた。更に、盗られたならまた捕まえればいいじゃないと平気な顔でいう女までいた。
私にとってのルクシオが、あの日死んでしまった彼以外に有り得ないのと同じように、盗られた誰かにとってのポケモンは、その子でしか有り得ないのだ。そして、そのピッピも。

「……奪ったポケモンを、返してください」

私が静かにそういうと、バイオレットの髪の女性は愉快そうにその眉を持ち上げて私を見た。

「あら? あなたもそう言うの?」

私と彼女の視線がぶつかり合う。こちらの真意を探るような視線が向けられた。
私は繰り返した、「返してください」

彼女はふっと微笑んでから、懐から何かを取り出した。じゃらりと派手な音が鳴る。やや遅れて、それが鍵束であることに気付いた。
彼女はそれをピッピたちの入れられた檻の上に置き、鮮やかな色の唇で大胆不敵に笑ってみせた。

「いいわ! このジュピターが相手してあげましょう。私に勝ったら、ポケモンを解放してあげる」

ジュピターと名乗った彼女は、モンスターボールを放った。
それと同時に、ゴースが私の前へ音もなく飛び出してくる。

相手のボールから現れたのは、スカタンクだった。
彼女はすかさず辻切りを命じる。スカタンクは素早い動きで間合いを詰めて、その爪から鋭い一撃を放ったが、ゴースはそれを難無くかわした。素早さで私のゴースに敵うポケモンは多くないだろう。私が不敵に微笑むと、彼女は「なるほどね。なら、これならどう!?」と言って、再び辻切りを指示する。
ゴースは回避体勢に入るべく相手の動きに全神経を集中させる。しかし、それは無駄になった。なぜなら、スカタンクはゴースではなく私に向かって一気に間合いを詰めてきたからである。
目の前に突然現れた巨体に驚いている暇はなかった。私は急いで地面を蹴って後ろに倒れ込んだ。

ほとんど奇跡だったと思う。スカタンクの爪は私の右頬を掠めただけで、大事には至らなかった。
私は上体を起こしながら、すぐさまゴースに声をかけた。

「ゴース、ナイトヘッド!」

ゴースは大きく鳴いて、渾身の一撃を放つ。今まで放ってきたどのナイトヘッドよりも、光線の威力は凄まじかった。
私が次の指示を出すより先に、彼は自分の顔の前におぞましい色の球体を作りはじめる。
まさか、と私が思うと同時に、それ――シャドーボールはスカタンクに向かって放たれた。彼の背中に命中し、スカタンクが唸り声を上げる。

ゴースは猛攻の手を緩めなかった。
そのまま白い光を纏いながらスカタンクに向かって突き進んでゆく。恩返しを正面から受けたスカタンクは、一瞬大きく揺らいで、そのままゆっくりと倒れた。

ジュピターさんはスカタンクをボールにおさめながら「お子様に負けるなんて、油断って怖いわね」と、小さく肩をすくめて呟いた。

ゴースはバトルが終わったにも関わらず、まだ闘志を剥き出しにしてジュピターさんの方を睨みつけている。
彼女はそれを見て、ふふふと笑った。

「あなたを攻撃したのは失敗だったわ」

彼女はごく愉快そうにそう言った。負けたにも関わらず、彼女は全く気にしていない。始めから私とのバトルは遊びでしかなかったということだろうか。
彼女は余裕の微笑みのまま続けた。

「まあいいわ。ピッピは返してあげる。
ポケモン像の調査も終わったし、発電所のエネルギーもマーズが集めた。なにも問題ないわ」

ポケモン像の伝説と、発電所の電気エネルギーがどう繋がるのか、私にはうまく理解できなかった。
怪訝そうな顔をしていると、ジュピターさんはにこりと笑って「ひとつだけ教えてあげる」と言って、右手の人差し指をスラリと伸ばした。

「わたしたちのボスは神話を調べ、伝説のポケモンの力でシンオウ地方を支配する……」

シンオウ神話の本を読み解くと、シンオウ神話の中には二柱の大きなポケモンの影が見え隠れしていた。この世界を作ったとされる、強大な力の持ち主。ハクタイのポケモン像も、これらのポケモンを象って作られたのだという。

「……時間と空間のポケモンね」

私がそう言うと、彼女は少しだけ目を丸くした。今まで張り付けられていた不敵な笑みが、僅かに崩れる。
私は続けた。疑問を彼女に正面からぶつける。

「伝説のポケモンをどうやって呼び起こすの?
時間と空間の二重螺旋をどうするつもり?」

ジュピターさんはもう笑っていなかった。
無表情な瞳で、彼女と比べてずいぶん背の低い私をただ見下ろしていた。

「……あなた、ギンガ団に関わるのはもうやめなさい」

何故、と問うよりも早く、彼女は踵を返して姿を消した。

彼女は言っていた、自分たちのボスは神話を調べていると。
私の記憶の中のあの男、常にシンオウ神話のポケモンが司る時間と空間についての言及を繰り返す彼は、もしかして――。

自分の中に芽生えたひとつの仮定をゆっくりと咀嚼する。
そんなまさかと思いつつ、私の直感はなぜかそれを否定しきれないでいた。


[ 60/209]



ALICE+