ギンガ団がいなくなったことを除いて、ハクタイの街には昨日と同じ朝がやって来た。
私はハクタイ最後の朝日を窓越しに浴びながらテンガン山に向かうべく荷物を整理して、ポケモンセンターを出発する。

自動ドアが開いた瞬間、私を呼ぶ声が聞こえた。
きょろきょろと辺りを見回した私は、すぐに声の主を見付けた。ナタネさんだった。
彼女は鮮やかなオレンジ色の髪を揺らしてこちらに駆け寄ってくる。私がおはようございますと挨拶すると、彼女も「おはよう」と挨拶を返してくれた。

「ナマエさんは、もうハクタイを出るのかな?」

旅支度をばっちり整えた私を見たナタネさんは、少し首を傾げながらそんな質問を投げかけた。私がそれに大きく頷くと、ナタネさんは「うーん、そうか……」と腕組みをして、何かを考え込むように眉間に皺を作った。
私がどうかしたのかと尋ねると、彼女は「ええっと、…あのね、」と、普段の快活な様子からは想像できないくらい歯切れ悪く話しはじめた。

「ハクタイの森の中に洋館があるのは知ってる?」

モミさんと森を歩いた時、確かハクタイ側の森の出口の近くに大きな古い洋館があった。夕闇を背負った洋館の姿を思い出しながら私が私が頷くと、ナタネさんは「あそこには、ある噂があってね、」と続けて、――しかしすぐに、なにやら言いにくそうに口を噤んだ。
私が「噂、ですか」と続きを促すと、彼女は首を縦に振ってから、意を決したようにゆっくりと口を開いた。

「お化けが、出るらしいの」

ゴースがふわりと漂って、ナタネさんの前に顔を覗かせる。
彼女はそれにびくりと肩を震わせてから、私の目を真っ直ぐに見て、「違うのよ!」と大きな声で言った。

「あたし、ジムリーダーでいろいろあるからさ! ねっ? いろいろあるから、お化けが怖いとかじゃないのよ!
調査して欲しいって言われてるんだけど、ほんと、忙しくて!」

まくし立てるようにそう言った彼女の頬が少しだけ赤い。私は思わずくすりと笑いそうになるのを堪えながら頷いて、彼女の言葉を待った。
ナタネさんは小さく深呼吸をしてから、「だからね、」と、やや小さな声で続けた。

「私の代わりに森の洋館に行ってもらえないかなって、思って……」

私とハクタイジムのバッジをかけて戦ったときの彼女からは想像もできない姿だった。
ゴースを見遣ると、彼は好きにすればと言うように所在なさげに漂っていた。

「私でよければ、引き受けます」

私がそう言った刹那、ナタネさんの顔がきらきらと輝くような笑みをたたえた。

「ほんと!? ありがとう! ナマエさんなら引き受けてくれると思ってたんだよ、ゴース連れてるし!」

ナタネさんが満面の笑みでゴースを見る。
彼女が笑顔でゴースを見たのはこれが初めてだな、と私は思った。

「じゃあ調査の方、ズバリよろしくね!」

彼女は私に話しかけた時とは比べものにならない、憑き物の落ちたような清々しい笑顔で私たちに手を振って、ジムの方へと戻って行った。

デンジに買ってもらったポケッチで時間を確認する。
テンガン山に入るために早起きをしたので、まだ8時にもなっていない。このぶんなら、洋館の調査をしてお昼過ぎにはハクタイシティに戻って来れるだろう。テンガン山に挑むのはそれからでも遅くない。

私はそう軽く考えて、ハクタイの森を目指して歩き出した。


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