ポケモンセンターを出てから私は真っ直ぐハクタイの森に向かったのだが、
途中で迷子の女の子に出会って母親を探したり、
消えたギンガ団について井戸端会議を繰り広げる奥様方に捕まったり、
205番道路の釣り人にやたら勝負を挑まれたり、
細かな出来事がいろいろと重なった結果、洋館の前に辿り着く頃にはとっくにお昼を過ぎてしまっていた。

鬱蒼と繁る木々の合間から届く僅かな光が、色褪せた紫とも赤ともつかない不思議な色の洋館をぼんやりと浮かび上がらせている。
以前は美しく手入れされていたであろう庭は荒れ放題で、それを囲う人工の柵はその半分が既に朽ちていたが、繁る細い木々が柵の役割を果たしていた。
私はボールからフワンテを呼び出すと、シロナさんから貰った秘伝マシンで覚えさせた居合切りを使って、入口を塞ぐ木々を薙ぎ払った。

いよいよ、幽霊屋敷の敷地に足を踏み入れる。
荒れ放題の庭には雑草が繁っていたが、そのどれからも野生のポケモンの気配は不思議と感じられない。
間近で見上げた洋館は、やはり妙な迫力があった。長年放置されているにも関わらず基礎が傾いた様子は見受けられない。左右対照な均整のとれた設計は、高級感と、どっしりとした安定感を見る者に感じさせる。
……しかし、以前モミさんと見た時も思ったが、私はこの洋館をどこかで見たことがある気がするのだ。何かの雑誌かテレビの特集だろうか? 或いは――

不意に、ゴースが小さく鳴いた。
その朱塗りの扉の前に浮かび、まだ入らないのか? と言うようにこちらを見つめていた。
私はゴースに「ごめんね」と軽く謝ってから、すぐに答えの出ない思考を一旦止めて、扉の前に立つ。長年放置されているとは思えないほど鮮やかな紅色の扉を押し開けて、私は森の洋館に足を踏み入れた。




中は、やはりカビとホコリのにおいがしたが、立派な外観の通りにさほど荒れてはいなかった。
リノリウムのような素材の床板が所々剥がれてその下の基礎が剥き出しになっている以外は、至って普通のエントランスホールだと言ってよい。吹き抜けになっている高い天井を見上げれば、そこには大きなシャンデリアがいまだにぶら下がっていた。もちろんホコリが降り積もり輝きは失って久しいのだろう。しかしシャンデリアの存在は、この洋館の格式の高さを一目で私に伝えてくれた。
私は視線を上から戻して辺りを見回してみる。正面に奥へ通じる大きな扉がひとつと、左右に二階へ上がる階段がひとつずつあった。

私はとりあえず、一階から見て回る事にした。
エントランスホールを真っ直ぐに進み、奥へ通じる扉に近付く。ふと、その扉の脇に、ぽつんと佇むポケモンの彫刻があることに気付いた。私の見たことのないポケモンを象っているのか、或いは抽象的な彫刻なのかもしれないそれは、どこか曖昧な輪郭をしているのだが、何故かその目だけは不気味なくらいはっきりと彫り込まれていた。私はその脇を通り過ぎようとしているだけなのに、なんだかこちらを睨んでいる、そんな気さえする。
私はなるべく彫刻の方を見ないようにしながら、足早にその脇を抜ける。

大きな木製の扉を押し開けると、そこには大きなテーブルとたくさんの椅子が並べられていた。どうやら、食堂らしい。
テーブルの上には今やシミだらけになってしまったクロスが広げられており、銀で出来た燭台がいくつか置かれていた。半分くらいになったロウソクが立てられたままのものもあり、彼らはいったい何年の間主人の帰りを待っているのか考えて、途方もない気持ちになった。

テーブルから視線を正面の壁に転じると、そこには一枚の大きな絵がかけられていた。油彩で描かれた、おそらく肖像画であろう絵。中央には白い口髭をたくわえた初老の男性が描かれており、その両脇には同じ歳頃の男の子と女の子が描かれていた。
おそらく、この男性がこの館の主で、脇の男女は彼の子供か、孫なのだろう。男女の子供の顔付きはどことなく似ていて、私はもしかしたら彼らは双子なのかもしれないなと、ぼんやりと思った。

私は絵画から視線を外し、食堂の右側に行ってみる。
そこには小さな倉庫があり、細々としたものが片付けられていた。
戸棚の中を覗いてみると、とても高級そうな装飾品がいくつも収納されていた。普通、廃墟なんてものはトレジャーハンターや怖いもの知らずの若者によって探索され、価値のありそうなものはいち早くなくなってしまうと聞く。しかしここは、数少ない例外のようだ。

「……来るのも恐ろしいのか、来たはいいがとれなかったか、どっちだろうね?」

ゴースに問いかけてはみたものの、彼は光り物には興味が無いようで、首を傾げるばかりだった。
私は足元に落ちていた大きな真珠を棚の上に戻して(よく見たら糸を通す小さな穴が空いていた。首飾りにしていたものの糸が切れて弾けてしまったのだろう)、狭い倉庫を後にして、この反対側、食堂の左側の扉へと向かった。

反対側の小部屋は、給仕室のようだった。
今はもう動いていない大きな冷蔵庫がふたつに、シンクには旧型のガスコンロ。
部屋の真ん中にはクロスのかけられた長机がみっつあり、その上には料理の準備でもしようとしていたのか、いくつかの食器が出されたままになっていた。

私は何となく気になって、よせばいいのに冷蔵庫を開けてみた。給電の断たれて久しい冷蔵庫の前にしゃがんで、中を観察する。よくわからないかさかさの何かに並んで、調味料の入った瓶が並んでいた。私はその中のひとつを無作為に手にとって、賞味期限を調べてみる。驚くべきことに、そこには50年以上も前の日付が刻印されていた。
私はそれをもとあった場所に戻して立ち上がる。……ここは、50年ものあいだ放置されていたことになるのか。

50年という月日がどれ程のものか、私にはうまく想像ができなかった。
そういえば、ハクタイシティの老人たちも、街が変わっていくことや昔のお祭りのことは教えてくれたが、ここのことはかけらも口にしなかった。どうやらこの洋館は同じ時を生きた人々の記憶からも消えてしまって、不気味な噂だけが独り歩きしているようだ。
それは少しだけ、寂しいことのようにも思えた。


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