私たちの行く手を阻む野生のゴースの群れをナイトヘッドで威嚇しながら、暗い廊下を進んでゆく。
野生のゴースたちは、深い闇の中から唐突に表れて、私を驚かしては高く笑いながら闇の中に消えてゆく。その姿を捉えるだけで精一杯の私と違って、夜の闇に生きるゴースは少ない光の中でも相手の位置を正確に把握することができるようで、私の周りを忙しく飛び回って私を守ってくれた。

とても長く感じられた道のりだったが、目的の部屋の扉を押し開ける頃には洋館は再び不気味なくらいに静まり返っていた。

辿り着いた左右対称の寝室は、窓から差し込む薄い月明かりに照らされて、置かれた家具の輪郭が青白く浮かび上がっていた。
私は仲良く並べられたベッドの間を通って、少年のおもちゃ箱に近付く。金属製の列車や車のミニチュア、ゼンマイで動くガーディのおもちゃと一緒に、ブリキのロボットがいくつもおさめられていた。

箱の中を懐中電灯で照らしてみる。ところどころ錆びてしまっているものの、まだその色を鮮やかに保っているものも少なくない。
そのうちの一つを、恐る恐る手に取ってみる。ロボットの中にポケモンがいる、というさっきの一文を思い出しながら、空色に塗装された玩具を観察したが、別段変わったところは見受けられなかった。

試しに、周囲に気を配るように部屋の中を漂っていたゴースにそのロボットを差し出してみたが、彼はなんの興味も示さなかった。

「もういなくなっちゃったのかな」

ぽつりと呟いた私の声を聞いた空色のロボットは、50年来の愛想のいい笑顔を浮かべていた。当然のことながら、答えは返ってこない。

懐中電灯の明かりを頼りにロボットを眺めていた私は、唐突に寒さを感じて、ぶるりと肩を震わせた。幽霊から逃げ惑ったり、野生のゴースたちの間を抜けたりと、活発に動いてあたたかくなっていた体がじっとしている間に冷えてしまったのかもしれない。
私は鞄から寝袋を取り出すと、側面にあるジッパーを開いて、暖をとるためにそれを肩に巻き付けるようにして羽織る。

ふとポケッチを見れば、そろそろベッドに入る時間になっていた。
……デンジは心配しているだろうか。今までも野宿に伴い連絡を入れなかった夜はあったが、今日ほど彼の声が恋しい夜はなかった。
テレビコトブキの心霊特番を見た夜は、いつもデンジが一緒に眠ってくれた。毎回呆れたような顔をしながら、でもきちんと律儀に一緒にいてくれる彼に、自分がいかに甘えていたのかを今になって思い知らされる。

難しい顔をして考え込んでしまった私を心配したのか、ゴースが私の頬にすり寄ってきた。低く掠れた声で短く鳴いた彼は、私を励ますように大きく舞い上がり、周囲に闇の潜む部屋の中をひゅんっと横断してみせた。森の中の夜は、街の夜よりも数段闇が深い。そのせいなのか、それとも野生のゴースを警戒して神経が昂っているからなのか、とにかく、彼はいつもよりも調子がいいようだった。
私は彼のその元気さに希望をもらった。そうだよね、きっとなんとかなるよね。朝を迎えることが出来れば、あの閉ざされた扉も開くようになるに違いない。だって相手はゴーストポケモンではなくて、本物の幽霊なんだから。

僅かに希望が持てたことで安心したのか、私は急激な眠気に襲われた。ぼやけていく視界でゴースを見遣ると、彼は部屋の中を滑るように飛んであたりの警戒を続けてくれていた。
私の視線に気付いたらしい彼がこちらを向いて、にやりと笑う。本当に、私にはもったいないくらいよくできたパートナーだなあ。そう思いながら私は、張りつめていた緊張の糸を切ってゆっくりと眠りに落ちていった。
私の手を離れたブリキのロボットがリノリウムの床にぶつかって甲高い音を立てたが、それは私の意識に届くことはなかった。


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