オレンジ色のあの子がボールに収まると、フラッシュに驚いて散り散りになっていたゴースたちがちらちらと舞い戻ってきた。
彼らはやはり遊んでくれというように私の周りを飛び回り、私にガスの体をこすりつける。はじめのうちは、彼らをなだめるように声をかけたり、撫でたりしていたのだが、野生のゴースたちは一向に落ち着く気配がない。
不思議に思った私は、彼らのことをもっとよく観察してみる。すると、ゴースたちはただ私にじゃれているわけではないことがわかった。
彼らは私にぐいぐいと体を押し付けてくるのだが、それは私の体の右側にばかり集中している。もしかして、みんなで協力して私を押そうとしているのではないだろうか? ガスの体だから私を動かすことが出来ないだけで、本当は私をどこかに連れて行こうとしている?
「もしかして、……私に来てほしい場所があるの?」
おずおずと、そう尋ねた。
私の周りを飛び回っていた彼らの動きがぴたりと止まる。みんなが一斉に私の方を向いて、こくり、と大きく頷いた。大勢のゴースが全く同じ動きをする様子はなんとも言えない迫力がある。彼らに私を脅かそうとしているつもりがないことを理解してはいたが、私の笑みが少し不恰好に歪む。
部屋の隅で事の成り行きを見守っていた私のゴースは、そんな私のことを見てけたけたと笑ってから、不意にその表情をきりっと改めて部屋の真ん中に躍り出た。
そして、野生のゴースたちに向かって二言三言なにやら声をかける。ゴースたちはそれを神妙な顔で聞き、なにやら決意を固めたような顔で頷いている。
ひとりだけ置いてきぼりになっている私のもとに、演説を終えたらしいゴースがすいっとやって来る。彼は私の瞳を真っ直ぐに見つめて、小さく一声鳴いた。いつになく真剣な眼差しが、私の胸をざわつかせる。
ゴースが、もう一度、今度はさっきよりも短く鳴く。すると、彼の後ろでゴースたちが彼に同調するように声をあげた。さっきはまるで野生のゴースのボスのようになっているなあ、と思ったけれど……、どうやらそれは私の思い違いではなかったらしい。
きっと彼らは、何かをやろうとしているのだ。それを取り仕切ってまとめているのが私のゴースで、彼らは私をそこに連れて行こうとしているのだろう。
私は彼を見つめてしばし逡巡したのち、こう尋ねることにした。
「それは、この洋館の秘密に関係すること?」
ゴースはそれに、力強く頷いた。私が予想した通りの返事だった。
どうやらこの洋館にひそむ秘密は、さっきのいたずら好きのポケモンだけではないようだ。洋館の調査はまだもう少し続くらしい。
「わかった。行こう」
彼につられるように、私も力強く頷きながらそう言った。
すると彼はゴースの群れを率いてすっと浮かび上がった。そして私の方をちらと振り返ると、そのまま洋館の中を滑空して行く。どうやら、ついて来いということらしい。
私は彼の先導に従って歩を進める。彼らが歩みを止めたのは、子ども部屋の隣、あの気味の悪い肖像画があった部屋だった。
野生のゴースたちは、さっきまで私の周りを飛び回っていたのが嘘のように硬い表情を浮かべてドアの向こうを睨みつけている。
そんな彼らの様子から、この向こうにいるなにかをとても恐れていることが窺えた。その雰囲気にあてられるように、私はごくりと生唾を飲み込む。私の緊張を感じ取ったのか、私の隣でドアを見つめていたゴースが小さく鳴いた。
いつもなら、こんな時、ゴースは自信たっぷりの笑顔で私を励ましてくれる。しかし、この時のゴースの声はいつもと比べると少し、調子が低かった。
疑問に思った私は彼を見遣る。ゴースは普段の飄々とした様子からは想像できないような硬い表情を浮かべて、扉を静かに見つめていた。おそらく、この先に待っているなにかがそうさせているのだろう。
私は彼の隣で小さく深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
そして、いつも私を励ましてくれる彼に恩返しをするつもりでこう言うことにした。
「ゴース、大丈夫。あなたは強いし、私がついてる」
いつも私を助けてくれたあなたを、今度は私が助ける番だと思った。
硬い表情で扉を見つめていたゴースの視線が動いて、私を見る。私は彼を元気付けるように力強い笑みを作った。
「さあ、行こう」
私の思いが通じたのか、ゴースの顔にいつものにやり笑いが戻る。それから、さっきまでのこわばった様子が嘘のように、飄々とした声で鳴いてみせた。そう、あなたはそうでなくちゃ。
私がこくりと一度頷くと、彼も力強く頷き返してくれた。それからふたりで、目の前の扉に向き直る。
なんの変哲もない扉は、音もなく開いた。
静寂と暗闇が満ちる部屋に、私たちはそろりと足を踏み入れた。
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