ふたつのシャドーボールは、彼らのちょうど真ん中でぶつかり合った。互いの攻撃のエネルギーが正面衝突したことで、まるで爆発でも起こったかのような衝撃が部屋を揺らした。
シャドーボールは二体のちょうど真ん中でぶつかったのだが、しかし、攻撃のエネルギー自体はやはりゲンガーの方が大きかったらしく、相殺の衝撃は主にゴースと私を襲った。
顔を守るために、目を閉じて爆風から顔をそむける。その瞬間、ゴースの甲高い悲鳴が暗闇の向こうから聞こえてきた。
慌てて懐中電灯を差し向ける。見れば、爆風に乗じて距離を詰めたらしいゲンガーがシャドーパンチを放ったところだった。ゴースの軽い体が、壁際まで簡単に吹き飛ばされる。
私は自由のきかない体を引きずって彼のもとに行こうとしたのだが、それは叶わなかった。ゴースが壁際に沈んだ瞬間、体を襲う寒気が一気に増したのだ。まるで何かが私のことを押さえつけているかのように、体が重くなる。
まさか、と思ってゲンガーの方を見遣った。彼は赤い双眸をらんらんと輝かせて、私に呪いをかけていた。どうやら、さっきまではゴースとの戦闘でこちらへの意識がおざなりになっていたらしい。邪魔者がいなくなった今、私への呪いは真っ直ぐこちらに向かってくる。息が、できない。
私の喉の奥からうめき声が漏れた。その瞬間、壁際に追いやられたゴースが勢いよく飛び上がって、ゲンガーにナイトヘッドを放った。
不意を突かれたゲンガーの横っ腹に、ナイトヘッドが命中する。体を押さえつけていた圧力が消えた。私は咳き込むように息を吸い込んだ。
ゲンガーはナイトヘッドが飛んできた方向に腕を伸ばすと、シャドーボールを作り始める。
機転を利かせ、シャドーボールが放たれるより早く距離を詰めたゴースは、そのまま不意打ちをくりだした。悪タイプの技は、ゴーストタイプに効果抜群の威力。私は少なくない期待を込めて事の成り行きを見つめていたのだが。
ゲンガーは不意打ちの衝撃を難なくこらえた。そして、そのまま至近距離にいたゴースに向かってシャドーボールを放つ。効果は抜群だった。あまりのダメージに、ガスの体の輪郭が激しく揺らぐ。かろうじて輪郭を保った彼は、最後に一声鳴いてから、浮力を失ったようにその場に落下した。
ゲンガーはゴースが飛び上がらないことを確認すると、低く唸るように鳴いた。張り付けたような笑みを深くして、私の方に向き直る。
すぐにあの悪寒が戻ってきた。ぼんやりと視界がかすむ。意識もはっきりしない。けれど、そんな体の異常はどれも、今の私にとって大した問題ではなかった。
私は限界を訴える体を鞭打って、ゴースの体に手を伸ばす。懐中電灯を離してまっすぐに手を伸ばすと、指先がガスの輪郭に触れた。普段であれば、体温を持たないガスの体はひんやりとしているのに、今は私の体温が下がりきっているせいか、彼の体は不思議とあたたかかった。
彼の軽い体を抱き寄せて、両腕で包み込む。ゴースは私の腕の中でわずかに目を開けて、かすれた声で、しかし力強く鳴いた。その瞳の奥には、まだ闘志が燃えていた。こんなにぼろぼろになってもまだ、私のために戦おうとしてくれているのだとわかった。
ゴースは、私の向こうにいるゲンガーを睨みつけて、相手を威嚇するように低く鳴く。
だが、ゲンガーはゴースの威嚇を完全に無視して、私から視線を逸らそうとしなかった。
ゴースはゲンガーを睨み付けたまま、更に高い声で鳴く。こっちを見ろ、俺はまだやれるぞ。そうアピールするように、何度も何度も声をあげた。ゲンガーに相手にされなくても、もう飛び上がれないくらい疲弊していても、それでも彼は私のために何度も声をあげ続けた。
彼の声に呼応するように、冷え切った私の体の最奥に、小さな炎が点ったような気がした。
私は、これ以上あなたに傷付いて欲しくない。欲しくないけれど、でも。ここであなたとの旅を終わりにするのも、いやだ。
ゴースのあたたかい体を抱く腕に、自然と力がこもる。私は彼の体をきつく抱きしめながら、祈るように思った。勝ちたい。ゲンガーに勝って、そして、一緒に帰ろう。
私の思いを受け取ったのか、彼の声は次第に激しさを増し、ついには喉から血を吐くような声で誰よりも激しくいなないた。
その瞬間だった。
私の腕の中で、まばゆい光がはじけた。
それは、真っ暗な洋館の闇を裂くように激しいが、朦朧とする私の視界を優しく照らす、そんな光だった。私は、煌々と輝きを放つ腕の中に視線を遣る。見れば、私のつい先ほど高く鳴いたゴースが、白い光に包まれていた。
彼が放つ光によって照らされた調度品の影が壁に投影されて、不思議な陰影をつくる。どこか幻想的でさえあるその光景に圧倒されたのは、刹那。ふいに、壁に投影された陰影がゆっくりと動き始めた。慌てて腕の中に視線を落とす。光に包まれたゴースの輪郭が、おもむろに変化してゆく。
……進化だ。私がそう思った瞬間、ゴースがまとっていた光が一気にはじけて散った。
純白に輝く光の残滓をまといながら目を開けた彼は、ゴースからゴーストへ進化していた。一回り大きくなり、腕を手に入れたゴースト。あっけにとられた私がなにか言葉をかけるより早く、彼は私の腕の中で低く鳴くと、さっきまでの疲労が嘘のようにふわりと宙に舞い上がった。
そして、ゲンガーを挑発するように、手に入れたばかりの腕をちょいちょいと動かしてみせる。
ゲンガーの赤い双眸が怪しくきらめいた刹那、二体はほぼ同時に闇色の球体を生み出し、それを互いにぶつけ合った。再び、激しい爆風が部屋を襲う。進化の前はゲンガーのシャドーボールに押されていたけれど……、爆風から顔をかばいながら薄目で戦況を見るに、どうやら今度はほとんど互角の威力だったようだ。
二体はそのまま距離を詰め、今度は拳に力を込めて殴り合う。手が体から離れているぶん、ゴーストの方がリーチが長かったようだ。ゲンガーの顔に、ゴーストのシャドーパンチがヒットする。
たまらず距離をとろうと後ずさったゲンガー。彼は体勢を立て直してから、再びシャドーボールを作り出す。それを見たゴーストも、シャドーボールを作るべく両手を前に突き出した。彼の両手の間に、影が集まって圧縮されてゆく。
しかし、ゴーストの手の間に集まってゆくのが影だけではないことに気付き、私は思わず息をのんだ。
いつもなら、できあがるのは闇色の塊である。しかし、この時ゴーストが作り上げた闇色の球体は、青い稲妻のような鮮烈な光をまとっていたのだ。
――あれは、シャドーボール?
私がその問いの答えを見つけるよりもはやく、二体は互いの攻撃をぶつけ合った。
セオリー通りにいけば、ふたつの球体は彼らの真ん中で接触し、爆風を巻き上げて蒸発するはずだった。だが、あの光をまとったシャドーボールは、ゲンガーの攻撃を切り裂くように打ち破って、一直線にゲンガーに向かっていったのである。
ゲンガーに命中した瞬間、光球はまとっていた青い光を一気に拡散させた。ぱっと眩い閃光が走ったかと思うと、まるで尾を引くように優しく、淡い残光が消え残る。
そして、再び静寂が戻ってきたときには、ゲンガーは目を回してその場に倒れていた。
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